2022年04月28日掲載
医師・歯科医師限定

【第80回日本癌学会レポート】EGFR遺伝子変異陽性肺がんにおける免疫応答の解明――EGFR遺伝子変異陽性で発現が変化するケモカイン(3300字)

2022年04月28日掲載
医師・歯科医師限定

厚生労働省大臣官房厚生科学課・国立がん研究センター東病院 呼吸器内科所属

杉山 栄里先生

EGFR遺伝子変異を有する非小細胞肺がんにおける免疫療法は、データが少ないうえに陰性例と比較して効果が低い可能性が示唆されている。

厚生労働省大臣官房厚生科学課および国立がん研究センター東病院 呼吸器内科所属の杉山 栄里氏は、第80回日本癌学会学術総会(2021年9月30日〜10月2日)で「EGFR遺伝子変異陽性肺がんにおける特徴的ながん免疫応答の解明」という演題で講演を行った。

EGFR遺伝子変異陽性肺がんにおける治療の現状

非小細胞肺がんの代表的なドライバー遺伝子異常の1つであるEGFR遺伝子変異陽性例(以下、EGFR陽性例)には、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)が劇的に奏効する。現在は、オシメルチニブなどの第三世代EGFR-TKIが広く用いられており、奏効期間も長くなっているが、EGFR-TKIは完治に至る前に耐性化してしまうという課題があり、さらなる治療戦略が求められる。

免疫療法については、2015年に抗PD-1抗体が肺がん領域で初めて承認された。現在では、抗PD-L1抗体を含む複数の薬剤が非小細胞肺がん領域において承認され、免疫療法薬単剤や殺細胞性抗がん剤との併用療法などで広く用いられている。

しかし、EGFR陽性例をはじめとしたドライバー遺伝子変異陽性例における免疫療法については、肺癌診療ガイドライン2020年版で「推奨度決定不能」となっている。理由として、非小細胞肺がんの一次治療における免疫チェックポイント阻害薬の有効性を評価した多くの第III相試験で、ドライバー遺伝子変異陽性例は主要評価項目の対象集団から除外されており、データ自体が乏しいことがある。

また二次治療について、免疫チェックポイント阻害薬とドセタキセルの第II/III相比較試験を統合解析した報告では、免疫チェックポイント阻害薬全体としては有効性が示されているものの、EGFR陽性例において優れているという結果は示されていない。また、単施設の後ろ向き研究でもEGFR陽性例の免疫チェックポイント阻害薬の奏効割合は低く、PFS(無増悪生存率)も下回っているという結果であった。

このように、データとしては少ないもののEGFR陽性例に対する免疫チェックポイント阻害薬の効果は、少なくとも陰性例と比較すると低いと考えられる。そこで我々は、なぜEGFR陽性例に免疫療法が効きにくいのか、メカニズムを探索した。

EGFR陽性例における腫瘍環境の免疫細胞

はじめに、EGFR陽性例と陰性例を含んだ外科例17例を用いて、全エクソン解析を行った。結果は、EGFR陽性例では体細胞変異の数が少なかった。これはネオアンチゲンの数が少ないことを間接的に示唆しており、EGFR陽性例では免疫応答が起こりにくいことが本結果からも推察される。

次に、遺伝子発現状況について、肺がん組織のRNAシーケンス解析を行い確認した。すると、EGFR陽性例では陰性例と比較して、CD8AやPRF1といったT細胞関連の遺伝子発現が低い傾向にあった。すなわち、腫瘍内への免疫細胞の浸潤が少ないことが示唆された。

そこでさらに、免疫染色を用いて腫瘍局所への免疫細胞の浸潤程度について評価した。結果は、EGFR陽性例では陰性例と比較して、がん細胞への攻撃の要となるCD8陽性T細胞の浸潤が少なく、免疫抑制性に作用するFOXP3陽性制御性T細胞(regulatory T cell:Treg)の浸潤は高いことが分かった。

この結果を受け、我々は実際に腫瘍浸潤リンパ球であるTIL(tumor infiltrated lymphocytes)を抽出し、CyTOFとフローサイトメトリーを用いて腫瘍環境の免疫細胞について調べた。CyTOFは、タンパク発現に対して金属で標識した抗体を結合させることで金属の固有質量を判別し、どのような分子が発現しているかを評価する機器である。

実際に解析した検体の代表例を以下に示す。上段がEGFR陽性例、下段が陰性例だ。

杉山氏講演資料(提供:杉山氏)

各表を見ると丸で囲まれた3つの細胞集団による島があり、上からCD8陽性T細胞、CD4陽性T細胞、Tregの集団を示している。これらの大きさを見ると、EGFR陽性例ではCD8陽性T細胞の集団が小さく、Tregの集団は相対的に大きい傾向にあることが分かる。

フローサイトメトリーの解析でも同様の傾向を示しており、EGFR陽性例ではCD8陽性T細胞の割合が少なく、活性型Tregの割合が高いという結果であった。これらの結果から、EGFR陽性例ではCD8陽性T細胞の浸潤が少なくTregの浸潤が多いという結果が得られ、EGFR陽性肺がんは免疫が起こりにくい腫瘍、いわゆるcold tumorであると考えられた。

では、EGFR陽性肺がんは免疫応答が起こりにくい環境であるにもかかわらず、なぜTregが多く浸潤しているのだろうか。本来、Tregは免疫応答が活発な部位へネガティブフィードバックとして遊走して免疫応答を抑制するが、cold tumorであるEGFR陽性肺がんに対しTregが浸潤している点については、矛盾が生じる。この矛盾に対する仮説として、抗腫瘍免疫応答を起こしにくい環境を作成するために、腫瘍自身がTregを呼び寄せている可能性が考えられ、この点が解明できると、免疫療法による免疫応答の活性化が期待できるとし、我々はさらなる検証を行った。

EGFR陽性肺がんで発現が変化するケモカイン

Tregが多く浸潤している現象には、免疫細胞の遊走に関わるサイトカインであるケモカインが関与しているとの仮説を立て、ケモカインの遺伝子発現状況をマイクロアレイ解析で確認した。 解析には、EGFR遺伝子変異陽性の腫瘍細胞株2種と陰性株1種を用いた。EGFR-TKIを使ってEGFRシグナル活性を低下させた際に共通して発現が下がる、または上がるケモカインを検索した。

するとまず、EGFRシグナル活性を低下させた際に、発現が下がるケモカインとして「CCL22」が検出された。CCL22はTreg上のCCR4レセプターに特異的に結合する物質(リガンド)であり、Tregの遊走に関与する。このCCL22は、EGFR活性を阻害すると発現が低下する一方、EGFRのリガンドであるEGFで刺激すると発現が上昇することが確認された。すなわち、EGFR陽性肺がんは、CCL22の発現を上昇させており、それがTregの遊走につながっている可能性が考えられた。

次にEGFRシグナル活性を低下させた際に、共通して発現が上昇するケモカインを検索したところ、CD8陽性T細胞の遊走に関連するケモカインである「CXCL10」や「CCL5」が検出された。これらはCD8陽性T細胞上のCXCR3レセプターに対するリガンドであり、CD8陽性T細胞の遊走に関与する。

このうちCXCL10の解析結果を代表して提示するが、CCL22とは反対に、EGFRシグナル活性を阻害することで、CXCL10遺伝子の発現の上昇を認めた。つまり EGFR陽性肺がんは、CXCL10については発現を低下させることでCD8陽性T細胞の遊走低下に関与していると考えられた。

それではなぜ、CCL22と、CXCL10やCCL5は、同じEGFRシグナルによってそれぞれ反対の動きをするのだろうか。この理由を突き詰めるべく、我々は再度マイクロアレイ解析を行った。するとその結果、CXCL10やCCL5の上流にある「IRF-1」とCCL22の上流にある「cJun」に、用いた3つの細胞株において共通した動きがみられた。

EGFRシグナルが阻害されるとIRF-1は発現が上昇し、cJunは発現が低下していた。すなわち、IRF-1はCXCL10やCCL5の動きと、cJunはCCL22の動きとそれぞれ同調しており、CXCL10はIRF-1が、CCL22はcJunが制御をしている可能性が考えられた。

そこで、2つの転写因子とケモカインの関係を確認するために、IRF-1とcJunの発現をそれぞれsi-RNAを用いて落とし、CCL22やCXCL10の変化を捉えた。その結果、IRF-1の発現を落とすとCXCL10の発現が低下したもののCCL22には変化がなく、一方でcJunの発現を落とすと、CCL22の発現は低下したがCXCL10には変化がなかった。このことから、CXCL10はIRF-1が、CCL22はcJunが制御しており、また両者がクロスして作用することはないと考えられた。



杉山氏講演資料(提供:杉山氏)

最後に、EGFRシグナルを阻害した状態で抗PD-1抗体を用いると、抗腫瘍効果の改善が得られるのかについて検証した。EGFR遺伝子変異陽性配列を遺伝子導入させた腫瘍株MC-38を移植したマウスに対して、EGFR-TKI、抗PD-1抗体、その併用療法という3つの薬物治療で効果を比較すると、併用療法でもっとも腫瘍制御がみられ、生存についても良好な傾向が得られた。

講演のまとめ

  • EGFR陽性例ではCD8陽性T細胞の浸潤が少なく、Tregの浸潤が多い
  • EGFR陽性肺がんはTregの遊走に関わる「CCL22」の発現を上昇させる
  • EGFR陽性肺がんはCD8陽性T細胞の遊走に関与する「CXCL10」や「CCL5」の発現を低下させる
  • EGFR遺伝子変異は腫瘍細胞の生存に寄与するだけではなく、腫瘍免疫逃避機構の形成にも重要な役割を担っている

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