2021年09月24日掲載

痒みに対するプラセボ・ノセボ効果

2021年09月24日掲載

東京慈恵会医科大学皮膚科学講座 講師

石氏 陽三先生

本来は薬効のないはずの物質により症状を軽減あるいは悪化させるプラセボ効果・ノセボ効果は、痒みにおいても生じる現象であり、中枢のメカニズムがはたらいていることが解明されてきている。

東京慈恵会医科大学皮膚科学講座 講師の石氏 陽三氏は、第120回日本皮膚科学会総会(2021年6月10~13日)にて行われた教育講演の中で、痒みにおけるプラセボ・ノセボ効果のメカニズムや、それらに関わる重要な因子について解説した。

プラセボ効果とノセボ効果

プラセボ効果は、本来効力のない物質において効力があるように感じてしまう現象を指し、placeo(喜ばせる)というラテン語が語源である。一方、ノセボ効果はnoceo(害を与える)という単語が語源となっており、医学的に作用のない物質であっても、否定的に信じ込むことであたかも健康状態を悪化させる現象を指す。

プラセボ効果・ノセボ効果は、治療効果に大きく影響することが知られている。そのため石氏氏は、「患者に薬の副作用を説明することは不可欠な一方で、その説明が患者の状態に影響を及ぼすことは往々にして起こり得るため、伝え方に迷う場面も多いのではないか」と述べた。

プラセボ・ノセボ効果を引き起こす因子としては、言葉やそのものだけでなく、表情や視線、あるいはその時々の患者の感情、治療・健康状態にも左右されると考えられる。特に、楽観主義な人や暗示にかかりやすい人、共感性の高い人、神経症の人などはプラセボ効果が生じやすく、悲観主義や破滅型といった性質の人はノセボ効果が生じやすい。

条件付けによるプラセボ・ノセボ効果の誘導

石氏氏は「条件付けによりプラセボ・ノセボ効果が誘導され得ることを、臨床医として肝に銘じておかなくてはならない」と強調する。実際に石氏氏自身も、言語的な誘導によって期待に対する操作が可能となるため、患者と接する際の言動には非常に気を配っているという。

では実際に、プラセボ・ノセボ効果がどのように現れるのか。石氏氏は、条件付けによるプラセボ効果に関して、遅延型過敏症反応マウスを用いた実験を紹介した。この実験では薬理学的に無効な刺激(サッカリン溶液、においなど)への条件付けにより、アレルギー反応の生理学パラメータ(血球凝集素価、耳や足の腫れ、白血球遊走など)が抑制されることから、痒みにおいてプラセボ効果が起こることが示されている。

ノセボ効果に関するマウスを用いた実験でも同様に、においなどとアレルゲンを組み合わせた条件付けによってアレルギー反応を学習するかどうかを調査した。その結果、行動パラメータの変化や、条件付けに用いたにおいに対する嗜好率の低下、アナフィラキシーショックや喘息発作の増加が見られることが分かった。

臨床研究では、皮膚疾患患者と健常人において痒みに関する講義の前後で痒みの強さを比較すると、両者とも講義中は痒みが強くなった後、リラックスすると落ち着くという結果が出ており、本人の精神状態が非常に重要な役割を果たしていると推察される。

石氏氏はこれらの研究から「実際には痒み刺激が欠如していても痒みを誘発あるいは抑制する、つまり、痒みのプラセボ・ノセボ効果が起こることが明らかになっている」と語った。

痒みに対するプラセボ効果のメカニズム

では、痒みのプラセボ・ノセボ効果はなぜ起きるのだろうか。石氏氏によると、プラセボ・ノセボ効果は単なる精神的なものではなく、実際に中枢のメカニズムが関係していることが分かっているという。

偽薬とオピオイド拮抗薬の投与による鎮痛作用を比較した研究では、偽薬とオピオイド拮抗薬を同時投与した群に比べて、偽薬だけを投与した群の方が、効果が持続することが示された。これは、偽薬によるプラセボ効果がオピオイド拮抗薬により打ち消されている、つまり、実際に体内で変化が起きている可能性を示している。

プラセボ効果のメカニズム

プラセボ効果に関与している神経物質として、内因性オピオイド、内因性カナビノイド、ドーパミン、シクロオキシゲナーゼ経路、バソプレシン、オキシトシンなどが知られている。

中でも、鎮痛作用におけるプラセボ効果因子として知られるACC、INS、PAG、RVM、OFCなどは、全て痒みでも活性される領域であり、痒みのプラセボ効果にも影響すると考えられる。

石氏氏は、このうち特に重要な2つの部位を紹介した。

扁桃体

扁桃体は側頭葉内側の奥に存在する神経細胞の集まりで、プラセボ効果において活動が抑制される。そして、痛みだけでなく、痒みのプラセボ効果においても非常に重要な役割を持ち、特にストレスや恐怖といった負の情動に深く関与することが明らかになっている。

マウスでは非ペプチド作動性神経(NP1、NP2、NP3)が脊髄後角に入り、アストロサイトなどの修飾を受け、最終的に投射ニューロンから脳へ伝達されていくことが報告されている。


Cevikbas F. et al. Physiol Rev. 2020 Jul 1; 100(3): 945–982.より引用

過去には、脊髄から入りアストロサイトで抑制された痒み刺激は視床に入っていくとされていたが、近年は腕傍核(lateral parabrachial)へ入る経路もあることが明らかになっている。視床から体性感覚野へ入る経路は、どこがあるいはどれぐらい痒いなどの感覚的側面を担う一方で、扁桃体へとつながる腕傍核の経路はイライラや不快といった情動的側面を規定していると考えられている。

つまり、プラセボ効果により扁桃体が抑制されることで、イライラや不快が抑えられる効果が期待できる、と石氏氏は語った。

側坐核(NAc)

もう1つ重要となるのが側坐核であり、この部位もプラセボ効果では活性化する。側坐核はドーパミンの伝達に関与しており、報酬や快感、嗜癖的掻破行動、恐怖などにより活性化する。

痛みのプラセボ効果においては、側坐核が強く活性化することが分かっているが、痒みにおいて側坐核ではどのようなことが起こっているのだろうか。ある研究では、ブトルファノールという薬剤により痒みが抑制されるとき、側坐核の活動が相関して増強することが脳のMRI画像で示されている。このことから、プラセボ効果により痒みが制御される際、側坐核が重要なはたらきをしていると考えられる。

掻破行動は快感を伴う動作であり、実際にマウスが掻破行動を取るときの側坐核のドーパミンは急激に増加する。掻破による快感は腹側被蓋野から側坐核にかけてのドーパミン伝達が大きく関与しており、プラセボ効果においてもドーパミンが伝達されることから、痒みのプラセボ効果に側坐核が重要となる可能性が高いと考えられる。

以上のことから、石氏氏は「痒みのプラセボ効果では、負の情動を担う扁桃体の抑制と、報酬系と関連する側坐核の活性化が非常に重要である」と強調した。

痒みに対するノセボ効果のメカニズム

ノセボ効果についてもさまざまなことが分かってきている。ノセボ効果による痒みで注目されるのが、島皮質と二次体性感覚野の境にあるローランド弁蓋部(rolandic operculum)の活性化である。

加えて石氏氏は、同じくノセボ効果による痒みで非常に重要となる前帯状皮質と中脳水道周囲灰白質について詳しく解説した。

前帯状皮質

前帯状皮質は脳の中心に位置し、解剖学的には実行・評価・認知・情動といった4領域に分かれており、前頭前皮質・頭頂葉・運動系などと接続することでさまざまな感覚を統合している。

石氏氏の自験にて、前帯状皮質の活性は掻破行動により大きく低下することが明らかになっている。加えて、前帯状皮質活性と掻破の強さが相関するという報告や、ヒスタミンとヒスタミン以外の痒み物質とでは前帯状皮質の活動領域が異なるという報告、前帯状皮質が報酬系の1つである線条体および延髄後角へ作用しているという報告もある。

中脳水道周囲灰白質

中脳水道周囲灰白質は、吻側延髄腹内側部(RVM)や青斑核(LC)とともに下行性掻痒抑制系の代表的な部位であり、ノセボ効果だけでなく痒みの調節全体で大きな役割を持つ。中脳水道周囲灰白質はさまざまな神経を介して吻側延髄腹内側部に投射し、NK1受容体を経由して痒みに作用することや、腹外側中脳水道周囲灰白質がTac1ニューロンを介して痒みを誘導するということが分かっている。

また、中脳水道周囲灰白質は全体的に活性化する、あるいはGABAを介すると痒みを抑制するが、グルタミン酸作動性ニューロンを介すると痒みを増強するなど、活動する神経によって痒みへの作用が異なることが明らかにされている。

さらに、中脳水道周囲灰白質は腕傍核と扁桃体中心核、それぞれから接続して痒みに作用することも判明しており、この回路についての詳細な解明も進んでいる。加えて、痒みの強さや部位を感知する体性感覚野に経頭蓋直流刺激を与えると痒みが改善するため、最近は一次体性感覚野から脊髄後角にある投射ニューロンが痒みを阻害している可能性も示唆されており、あらゆる脳の部位から脊髄後角への作用があることは明らかである。

このように、痒みに関する脳からの回路はいくつかあり、中でも痒みのプラセボ・ノセボ効果で中心的役割を持つのは前帯状皮質と中脳水道周囲灰白質であるといえる。

伝染性の痒みの鍵を握るミラーニューロンシステムと視交叉上核

最後に石氏氏は、痒みのノセボ効果の因子について言及した。アトピー性の痒みの誘発・増悪因子は多岐に渡わたるという。

中でもっとも注視すべき項目は、他者の痒い様子を見て自分も痒みを感じる「伝染性の痒み」だ。伝染性の痒みで感じる痒みの強さや部位、不快度はさまざまである。

伝染性の痒みにおいても現実に痒みが生じているということが、健常人やアトピー性皮膚炎患者を対象に脳を観察した研究で明らかにされている。また、伝染性の痒みを感じている間は脳波中のMuリズムの抑制が有意に強い、すなわち、実際に随意運動を行っているのと同じ現象が観測されたという。

この伝染性の痒みを捉えるうえで重要な役割を持つのが、ミラーニューロンシステムである。これはサルの運動前野で発見された神経細胞で、バナナを持っている他個体を見た際に、脳の中に模倣して活動する領域があることから、その存在が明らかにされた。痒みをはじめとする他者からの視覚刺激による感覚の共感・模倣を理解するうえで、このミラーニューロンは医師にとって非常に重要な神経であると、石氏氏は見解を述べた。

さらに、アトピー性皮膚炎におけるミラーニューロンシステムの異常が、強い掻破行動への欲求につながっている可能性があるという。

最後に、伝染性の痒みにおいてほかに重要視されるのが、視交叉上核である。視交叉上核は、概日リズム機能や光による調節などで有名な神経核であり、伝染性の痒みにはガストリン分泌ペプチド(GRP)を介した視交叉上核が重要な役割を持つことが分かっている。視覚刺激の入力については、この視交叉上核が鍵となり、ミラーニューロン・前帯状皮質・中脳水道周囲灰白質といったさまざまな領域の活動につながって、伝染性の痒みを制御しているのではないかと考えられる。

石氏氏は、伝染性の痒みに関しては、ミラーニューロンシステムと視交叉上核の2つの部位が非常に重要であると述べ、講演を締めくくった。

講演のまとめ

  • 痒みにおいてもプラセボ・ノセボ効果は生じる。
  • 痒みに対するプラセボ効果では偏桃体と側坐核が重要な役割を担う。
  • 同様にノセボ効果においては前帯状皮質と中脳水道周囲灰白質が重要となる。
  • 伝染性の痒みにおいてはミラーニューロンシステムのほか、視交叉上核も重要とされている。

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