2023年08月23日掲載
医師・歯科医師限定

日本ではなぜ医療機器の開発が進まないのか? 求められる“ロボット医療”の時代に向けた人材育成――藤澤正人学長に聞く神戸大学の挑戦

2023年08月23日掲載
医師・歯科医師限定

神戸大学 学長

藤澤 正人先生

国産初の手術支援ロボットシステム「hinotori」は2020年に製造販売承認を受け、国内の医療機関でも導入実績が積み上がりつつある。しかし、これは数少ない成功事例で、日本では治療用医療機器の多くを外国からの輸入に頼っているのが現実だ。これからやってくる“ロボット医療”の時代に向けて、神戸大学は医療創成工学の大学院を2023年に設置し、医療機器開発に携わる人材の育成を始めた。hinotori開発にも携わり、2021年に学長に就任した藤澤 正人氏(前医学研究科長・医学部長)に、日本ではなぜ治療用医療機器が作られないのか、それに対して神戸大学が目指すことなどについて聞いた。

日本で医療機器開発が進まないわけ

医療機器の貿易収支を見ると日本は大幅な輸入超過、大赤字だ。手術室の無影灯や手術台をはじめ主要な医療機器の多くは外国製品の輸入頼み。内視鏡など検査機器の一部では頑張っている国内メーカーもあるが、医療機器全体の市場規模から比べると微々たるものだ。

医療機器の中でも、ロボットの市場規模は2030年には2022年比約3.6倍の約11兆円(764億ドル)になるとみられている。多くの海外のメーカーがこの市場に乗り込もうと狙っているが、日本の企業は動きが鈍い。検査機器は作れても、治療用機器になると開発コストやリスクといったハードルが一気に高くなることも関係しているのであろう。たとえばロボットを作ったものの、治療中に生命にかかわるような危険なトラブルが万が一でも起こったら、企業そのものやその企業の製品の信用にかかわる。企業にとっては、医療とは関係のないロボットの信頼性にも響くかもしれない。さらに、開発やPMDA(医薬品医療機器総合機構)の審査を通すために多大な手間と多額のコストがかかる。そうしたリスクが伴うため、日本のメーカーの多くは治療用機器開発に手を出しにくかったのだろう。

泌尿器科領域においては、あと5年から10年で腹腔鏡手術はおそらくなくなり、ロボットが取って代わるだろう。泌尿器科の領域では、主要な手術のほとんどでロボット手術が保険適用になっている。開腹手術が残っているのは進行がんの手術ぐらい。ロボット手術は、低侵襲で根治性が高く、輸血も必要なく、術後回復も早い。

泌尿器科以外の分野にもロボットはどんどん利用が拡大している。人間の手では入り込みにくい狭い部分に入り込んで切開、切除、剥離、縫合などをするといったように、人間の機能を拡張する技術がどんどん開発され、それを使うことによって今後ますます精緻な手術ができるようになるだろう。

また、従来の腹腔鏡手術に代わるロボットだけでなく、たとえば整形外科の関節置換術、眼科領域などの顕微鏡手術、気管支鏡や尿管鏡の操作を支援するロボットなども開発されている。重度前立腺肥大症患者の前立腺を画像に合わせて自動的に水圧で切除するというロボットも、8月に神戸大学医学部国際がん医療研究センターに入る予定だ。

医療現場のアイデアを社会実装につなげる仕組みづくり

そのなかでメディカロイド社(本社:神戸市中央区)の手術支援ロボットシステム「hinotori」を開発することができたのは“起死回生の一打”だった。hinotoriは神戸大学が臨床ノウハウを提供し、川崎重工が主に技術提供して2020年に製造販売承認に至った。これを1つ目の大きな起爆剤として、新たな医療機器が芽吹き育つよう、産官学連携の拠点を神戸市中央区の「神戸大学医学部附属病院 国際がん医療研究センター(ICCRC)」を中心に整備した。ICCRCは単なる病院ではなく、新たな医療機器や治療法を開発するためのリサーチホスピタルだ。

神戸市と神戸大学が連携して、内閣府の「地方大学・地域産業創生交付金」の支援を受け医療機器分野でイノベーションを起こそうという「神戸未来医療構想」を進めている。その関連で、神戸大学では5G通信を使った遠隔医療、AIを使った手術の自動化の研究も実施している。ロボットを使うと、手術中のアームの動きを全て記録することができ、何時間の手術であっても一分の狂いもなくその動きを再現することができる。もちろん、ヒトの体の中はそれぞれ違い、それだけで同じ手術ができるわけではないから、内視鏡画像の解析と組み合わせてやる必要がある。今のところは簡単なルーティンの作業を自動化するところから始めている。海外では豚を使った実験で腸管と腸管を縫合するといったことが始まったという段階だ。こうしたデータによって熟練者の手技を見える化し、手術トレーニングに活用することもできる。また5G通信の可能性としては、遠隔操作による手術指導や教育が期待できる。通信技術が進化し、6G、7Gの時代になれば宇宙ステーションの住人を遠隔で手術できるようになるかもしれない。そうした可能性を今から考え、社会実装に向けて研究していくことが大切だ。

これらは医療機器開発という大きな目標に向かうなかでの個別要素だ。hinotoriというロボットはできたが、医療機器を開発するために必要なのはなにより「人材」だ。

臨床の現場では、「こんな機械があったらよい」という思いを皆が持っている。しかし、医師にはそこから先に進めるすべも、じっくり考えている時間もない。現場にはアイデアはたくさんあるが、それを生かせていない。そうしたアイデアを社会実装につなげる会社と、産官学連携を密にできる体制を作るのが神戸大学の1つの目的だ。

現場で学び医療機器開発に携わる人材を育成

そのなかで、もっとも大切なのは医学と工学、企業と行政、大学を結び付け現場のニーズを製品という形に持っていくためのコーディネーターだ。それができる医工学人材を育成しようということで、最初は社会人教育をやっていた。しかし、もっと踏み込んで、医学研究科の中に医療創成工学の大学院を2023年に作り、医学部と工学部の先生がタッグを組んで本格的な育成を始めたところだ。実践的に医療現場で学ばせて医療機器開発をする人材を育成する大学院を設置したのは、神戸大学以外にはないと思う。

ものづくりをコーディネートする人材に医療の現場、実際の手術の現場を見て学んでもらい、我々のアイデアを伝えて企業との間をつないでもらう。学問にとどまるのではなく社会実装を目指し、医療現場のアイデアを自分の手で形にし、マーケットを見てビジネスとして成立するかといったことまで考えられる人材の育成を行っている。そのために、医療創成工学専攻には経営学の先生も入っている。

ある意味、大学の中に研究開発型企業を作っているようなものだ。ICCRCはリサーチホスピタルであり、企業が中に入り込み、自分たちのアイデアの社会実装を一緒に目指すというインキュベーションセンターでもある。たとえば、病院のベッドごと病室を企業に貸すといったことも考えている。医療現場の人間が医療機器開発の現場に加わり、工学的には“技術の粋を詰め込んだ世界最高のクオリティー”のものに対し、「これでは、医療の現場でまったく使い物にならない」と意見しながら、本当に役に立つのはどういうものかを見出さなければいけない。

医療現場は、実はアイデアの宝庫だ。今後の新たなマーケットとしては、介護の現場が考えられる。人間の負担を肩代わりしたり減らしたりするロボットは今も少しはあるが、今後ますます求められるだろう。現場の介護士、看護師、リハビリテーションを担当する理学療法士などが医療創成工学の大学院に来てくれれば、今よりももっとよい介護ロボットができるようになるはずだ。日本人のきめ細やかさがあれば、よいロボットがたくさんできる。もっと、そこに開発資金を投入すべきだ。

「情熱と執念」で突き進み夢を実現

神戸大学は国立大学法人であり、国からの交付金だけに頼るのではなく、産官学連携によって自ら外部資金を獲得して共同研究をしたり、研究者を増やしたりするなど、自由に使える資金を自ら作っていかないと発展していけない。大学の知を生かして産官学連携を推進するとともに、人材を育成し、社会実装をするなかで成果が社会に還元され、それによって資金を獲得し、大学の新たな先端的研究教育環境を創る――というエコシステムを確立していかなければ、大学を運営していけない時代だ。

今は学長を務めているが、もとは医師だ。医師になったからには、診療で自分より上手な人間はいないと言えるほど腕を磨く、誰よりも臨床研究に打ち込むなど、医師だからこそできるものを見つけて、夢をもって進んできた。医療機器の開発も、医師としての夢の1つとして魅力があるものだ。そして、夢がある限りは「情熱と執念」を持って自らが動き、最後まで突き進まなければ、何事も実現できない。自分は、そう努力してきたし、若い人にも情熱と執念を持って、やり出したら最後までやり遂げる強い意思を持ち続けることが大切だと言い続けている。

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