2022年04月14日掲載
医師・歯科医師限定

【第59回日本癌治療学会レポート】腫瘍循環器学の現状と課題――がん治療関連心筋障害、心不全と血栓症を中心に(4400字)

2022年04月14日掲載
医師・歯科医師限定

国立がん研究センター中央病院 総合内科・循環器内科医長

岩佐 健史先生

がんと心血管系疾患の合併患者が増えたことを背景に、腫瘍循環器学という学問が登場した。がん治療を実施するにあたり、心血管系疾患は切っても切り離せない関係になっている。

国立がん研究センター中央病院 総合内科・循環器内科医長の岩佐 健史氏は、第59回日本癌治療学会学術集会(2021年10月21〜23日)で行われた教育講演の中で、腫瘍循環器学が提唱された背景やがん関連心筋障害、がん関連血栓症について解説した。

腫瘍循環器学が提唱された背景

近年、腫瘍循環器学 (Onco-cardiology)という学問が確立されつつある。腫瘍循環器学が提唱されてきた理由には、以下のような現状がある。

  • がんと心血管系疾患を合併する患者の増加
  • 抗がん剤の多様化に伴う、がん治療関連心毒性の多彩化

がんと心血管系疾患の合併患者が増えた背景には、がん治療の発展に伴う5年生存率の上昇と、高齢化による心血管系疾患患者の増加がある。がんの危険因子と心血管系疾患の危険因子が一部重複していることも、両疾患を合併しやすい理由の1つだ。

がんと診断された時点で心血管系疾患も合併している患者の場合は、がんによる死亡リスクと心血管系疾患による死亡リスクの両方を視野に入れて治療に取り組む必要がある。実際に乳がん患者では、がんの診断から10年が経過すると、がんによる死亡割合よりも心血管系疾患による死亡割合のほうが高くなることが報告されている。

出典:Jennifer L Patnaik,et al.Breast Cancer Res. 2011 Jun 20;13(3):R64. 
岩佐氏講演資料(提供:岩佐氏)

乳がん治療に使用する抗がん剤には心毒性を持つものがあることも、上記のような結果が出た理由の1つだろう。アントラサイクリン系や抗HER2抗体などが一例として挙げられる。

乳がん治療だけでなく、最近は抗がん剤の種類が多様化したことにより、心毒性や血管毒性も多彩化している傾向にある。2016年の「The New England Journal of Medicine」では、免疫チェックポイント阻害薬による劇症型の心筋障害について報告されている。

出典:Douglas B Johnson,et al. N Engl J Med. 2016 Nov 3;375(18):1749-1755.
岩佐氏講演資料(提供:岩佐氏)

発症リスクは0.01〜0.1%程度とされているが、心筋症を発症すると半数以上が心臓死や心停止に至るとされているため軽視できない。さらに、免疫チェックポイント阻害薬を2剤以上併用する場合や、殺細胞性抗がん剤との併用で発症リスクが上昇することも知られている。よって今後はよりいっそう注意が必要だ。

上記のような背景から、2000年頃から米国を中心に腫瘍循環器学が提唱され、日本では2018年に日本腫瘍循環器学会が設立された。主要領域は「がん治療関連心筋障害(CTRCD)」および「静脈血栓塞栓症(VTE)」だ。

がん治療関連心筋障害(CTRCD)

ここからはCTRCDに関して、実際の症例を用いて解説していく。

症例提示、治療・症状経過

48歳女性、HER2陽性乳がんの患者。アントラサイクリン系の化学療法後に手術で腫瘍を切除し、トラスツズマブを中心とした術後化学療法を実施。術後化学療法の開始後3か月目で心筋障害の疑いとなった。

初診時のEFは73%、トラスツズマブ投与前のEFは65%と、正常の心機能を維持していた。しかし、トラスツズマブ5コース終了後にEFが52%まで低下し、当科紹介。左室の収縮能は経時的に低下しているものの、心不全症状はなし。BNPも正常範囲だったため心不全には至っていないと判断した。

CTRCDの定義・診断

がん治療により引き起こされた心疾患については、心不全の定義とは別に「がん治療関連心筋障害(CTRCD)」として新たに定義する動きが出ている。各学会の定義は以下のとおりだ。

岩佐氏講演資料(提供:岩佐氏)絶対値を「ポイント」、相対値を「パーセント」と表現。

本症例ではEFが正常下限である55%を下回り、ベースラインから13ポイント低下しているためCTRCDと判断した。

CTRCDと診断されたら、なるべく早期に治療を開始することが重要だ。CTRCDは早期介入で治療反応性がよいと知られているためだ。2か月以内の介入であれば約3分の2で心機能の改善が得られ、結果的に循環器予後が改善するという報告もある。

出典:Daniela Cardinale,et al. J Am Coll Cardiol. 2010 Jan 19;55(3):213-20.
岩佐氏講演資料(提供:岩佐氏)

本症例では、収縮能はトラスツズマブ投与後に低下したが、拡張障害はトラスツズマブ投与前からみられていた。収縮能の指標であるEFだけでなく、拡張能の指標であるE/A、 E/e’、TRPGや、スペックルトラッキングで算出されるGLS(長軸方向ストレイン)もモニタリングすることが、CTRCDの早期発見につながるのではないかと考えられる。

なお血液内科領域では、GLSが将来の心毒性発症のマーカーとしても機能することが知られている。アントラサイクリン系投与前のGLSが17.5%より高いと心毒性発症リスクは低く、17.5%を下回る場合は高確率で心毒性が生じるというデータが報告されている。

CTRCDの治療

CTRCDの治療薬としてエビデンスがあるのは以下の4種類だ。

  • デクスラゾキサン
  • β遮断薬
  • スタチン
  • アンジオテンシン系阻害薬(ACE、ARB)

β遮断薬とアンジオテンシン系阻害薬については、現在心不全の標準治療で用いられているが、デクスラゾキサンは国内で心毒性に対する投与は認められていない。しかし、現在適応拡大の動きがあり、近い将来心毒性の治療薬として使えるようになる可能性がある。

近年、心不全治療はネプリライシン阻害薬(ARNI)やSGLT2阻害薬の登場により、大きな転換期を迎えている。CTRCDの治療についても、今後流れが変わるかもしれない。

化学療法は減量すべきか?

CTRCDが起こった場合、化学療法をどうするかが大きな問題となるが、抗がん剤を予定していた投与量よりも減らすことで予後が悪くなることが分かっている。20年以上前のデータではあるが、乳がんの術後化学療法を15%以上減らすとまったく治療をしないのと同等の成績になることも示されている。

そのため、本症例においては、EF低下が軽度であり心不全兆候もなかったことから、心保護薬(ACE阻害薬)を投与したうえでトラスツズマブによる治療を完遂した。その後再発はみられていない。

がんと静脈血栓塞栓症(VTE)/がん関連血栓症(CAT)

がんとVTEの関係

続いてVTEに話題を移そう。従来、足にできる血栓をDVT(深部静脈血栓症)、肺にできる血栓をPTE(肺血栓塞栓症)と呼んでいた。しかし、これらは根本的には同じ病気であるという考え方から、最近ではまとめてVTEと呼称するようになっている。

本邦における2014年のVTE大規模調査JAVA研究によると、発症要因の27%はがんであることが報告されている。長期の不動や術後の発症リスクと比較しても高く、がんは最大のリスク因子だ。また、これも本邦における2018年のCOMMAND VTE研究によると、がん関連VTEはほかの要因により発症したVTEと比較して、再発リスクや治療中の出血リスク、生命リスクが高いとされている。

がん関連VTEの原因は主に3つ考えられる。

  • 血流のうっ滞:長期間の臥床、腫瘍や腹水による静脈の圧排、リンパ節腫大など
  • 血液成分:ムチン、炎症性サイトカイン、HIFなどの産生による血液凝固の促進など
  • 血管壁の障害:腫瘍の直接浸潤や化学療法による血管内皮障害など

それでは、どのようながんでVTEの発症リスクが高いのだろう。2020年に本邦で行われた大規模臨床研究Cancer-VTE Registryでは、胃がんや膵臓がんで発症率が高く、進行度が高いほどリスクが上昇すると報告されている。また、同じがん種でも早期がんか進行がんかでVTEのリスクは大きく異なり、特に肺がんと胃がんでは顕著だ。そのため、がん種よりもステージのほうが、発症リスクを左右する要因になり得ると考えられる。

VTEのリスクスコアとしては、Khorana scoreが用いられる。

岩佐氏講演資料(提供:岩佐氏)

Khorana氏の報告では、がん患者の死因のうち9%が血栓症であり、がんの進展(71%)に次ぎ感染症(9%)と並ぶ重要な予後規定因子である。また、がんは静脈だけでなく動脈の血栓も引き起こし、がんによる動脈系と静脈系の血栓症を総称して「CAT(Cancer Associated Thrombosis)」と呼ぶこともある。

CATの治療

がんに合併するVTEは、再発リスクの低減において低分子ヘパリンがワーファリンを上回ることが知られており、海外では患者自身による低分子ヘパリンの皮下注射が標準療法となっている。

しかし本邦では、周術期以外のヘパリン使用は認可されておらず、ワーファリンについてもPT-INRのコントロールが困難であるという点から、CATの治療は難航していた。そうした状況が続いた中、2014年にDOACが登場したことで治療が簡便になった。現状、アピキサバンエドキサバンに関しては、低分子ヘパリンによる治療に対して非劣性であるという報告もある。

CATの症例提示

最後にCATの症例を紹介する。患者は非小細胞肺がんの65歳男性。既往歴にCKDと心房細動があり、術後3か月で突然の呼吸苦を訴え受診した。肺塞栓症を疑ったが、喫煙者のためCOPDによる発作の可能性も考えられた。こうした場合には、造影CT前に「改訂ジュネーブ・スコア」や「Wellsスコア」を用いて、肺塞栓の検査前確率スコアを確認することが多い。本症例でも検査前確率でスコアを確認し、造影CTを実施したところ両肺に肺塞栓症が見つかり、膝下静脈にも血栓がみられた。造影CTを実施したら「PESIスコア」または「簡易PESIスコア」を用いて重症度を確認するが、基本的にはがんがあるだけで30日死亡リスクが高いと判定され、入院加療が必要となる。そこで本症例においても、DOACで入院治療を開始し、短期間の入院後に退院した。その後外来フォローアップで再発はない。

岩佐氏講演資料(提供:岩佐氏)

講演のまとめ

  • がんと心血管疾患を併発する患者が増えてきたことにより、腫瘍循環器学という学問が生まれた
  • 抗がん剤による心毒性を早期発見するためには、収縮能だけでなく拡張能やGLSなどの指標が有用である
  • CTRCDの治療薬としては、β遮断薬やアンジオテンシン系阻害薬、スタチンが使われており、今後ARNIやSGLT2阻害薬などにも期待が集まる
  • がん患者の血栓症は重症化リスクが高いが、DOACの登場により治療が簡便になった

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