2023年04月24日掲載
医師・歯科医師限定

BMPR2変異によるHPAHの予後――早期発見を目指した運動負荷検査の取り組み

2023年04月24日掲載
医師・歯科医師限定

慶應義塾大学医学部 内科学教室循環器内科 難治性循環器疾患病態学寄付研究講座 特任助教

平出 貴裕先生

遺伝性肺動脈性肺高血圧症(hereditary pulmonary arterial hypertension:HPAH)は、遺伝学的な背景が関連する重度な肺高血圧症を主徴とする、極めてまれな疾患である。

平出 貴裕氏(慶應義塾大学医学部内科学教室循環器内科 難治性循環器疾患病態学寄付研究講座 特任助教)は、第7回日本肺高血圧・肺循環学会学術集会(2022年7月2~3日)で行われたシンポジウムの中で、BMPR2変異をもつHPAHの特徴や、早期発見に向けた運動負荷検査の取り組みについて解説した。

HPAHの定義と病態

HPAHは過去に家族性肺動脈性肺高血圧症(familial pulmonary arterial hypertension:familial PAH)と呼ばれており、血縁者にPAH患者がいる症例と定義されていた。2000年代に入り、PAHの発症関連遺伝子が報告されるようになり、現在はBMPR2EIF2AK4などの発症関連遺伝子に変異を認めた場合もHPAHと診断される。

特発性肺動脈高血圧症(idiopathic PAH:IPAH)を解析したヨーロッパのデータベースによると、BMPR2に変異がみられた症例が全体の15%前後で、ACVRL1ENGTBX4SOX17などの遺伝子に病的変化があるものは全体の20~30%程度であった。残りの70%に関しては、発症原因の遺伝子が不明であった。欧米と東アジアでは遺伝学的背景が異なるため、我々は国内での病態を把握するために、日本人集団での検証に取り組んできた。

BMPR2とHPAHの関連

BMPR2はもっとも早く発見された遺伝子であり、2000年にPAHの家族解析が行われた際に遺伝子変異が多かったと報告されている。BMPR2が形成する受容体にBMPリガンドが結合することで活性化されるSMAD経路は、細胞増殖の調節に関わることが知られている。BMPR2シグナル経路は増殖抑制因子であることから、BMPR2シグナルの機能が障害されると細胞増殖にブレーキが効かなくなり、血管壁の細胞が異常増殖する。細胞増殖により血管内腔が狭窄することから、BMPR2変異がHPAH発症につながると考えられているが、詳細な分子機序は明らかになっていない。

BMPR2変異と生命予後

2016年にLancetで報告された全世界を対象にした研究では、BMPR2変異がある患者のほうが生命予後不良であると報告されている。しかし、使用している薬剤の違いやBMPR2変異に多様性があり、治療法のない時代のデータも含まれている。

自施設でプロスタサイクリンの持続投与が必要な患者の生命予後を解析したところ、BMPR2遺伝子変異を有する患者のほうがBMPR2変異陰性の患者と比較して予後良好であった。BMPR2変異がある患者は診断時の肺動脈圧が非常に高いため、早期にプロスタサイクリンの持続投与を始められる。このことが、先行研究と結果が相反する理由の1つと考えられる。肺血管拡張薬を早期に投与できる時代に、今後どのような変化があるか観察していく必要がある。

遺伝子変異の種類による発症年齢の違い

欧米のデータをまとめた報告によると、BMPR2変異による発症は40歳前に中央値があるが、発症年齢に大きな幅があることが分かる。

遺伝子変異の種類によるPAH発症年齢の違い。グラフ上部の数字はサンプル数を示す。
Zhu N et al. Genome Med. 2019 Nov 14;11(1):69より引用

ENGACVRL1などオスラー病に関連する遺伝子の場合は比較的発症年齢が高く、SOX17TBX4など心臓の発生に関連する因子に遺伝子の変化がある場合は、発症年齢が低い傾向であった。

BMPR2変異に関しては、世代が進むにつれて発症年齢が低くなる現象がみられる傾向にある。これを表現促進現象(anticipation)という。親が50歳代でPAHを発症し子は20歳代で発症した家系や、親の発症が30歳代で子は10歳代で発症する家系を経験した。PAHの領域でgenetic anticipationが関連しているかは不明であるが、遺伝学的検査を行うことで家族員の早期発見や早期治療に結びつけることができる。

HPAHの早期発見に向けた運動負荷検査の取り組み

我々はHPAHの早期発見を目的として、運動負荷検査の取り組みを行っている。残存肺血管床と平均肺動脈圧(mean Pulmonary Artery Pressure:mPAP)の関係を見ると、正常な肺血管床のmPAPはおよそ14±3 mmHgだ。病気の進行に伴い肺血管床が減少するとmPAPは上昇するが、mPAPは肺血管床の半分が傷害されても上昇せず、残り1/3程度になると急速に上昇する。

したがって現在の診断基準である25 mmHgでは、すでに肺血管床の大半が傷害されている状態だ。仮に診断基準が20 mmHgに変更されたとしても、依然として肺血管床の正常度合いが40%前後か60~80%の範囲かは絞り込めない。肺血管床の傷害が早期の段階でも、運動負荷検査によって肺動脈圧を上昇させることで、従来の基準では診断できなかった患者を早期発見できる可能性がある。

運動誘発性PHの症例

運動負荷検査を実施したことで、運動誘発性PHを発見した症例を紹介する。受診当初、mPAPが10 mmHgで肺血管抵抗(pulmonary vascular resistance:PVR)も0.93mmHg/L/minとまったく問題がなかった患者だ。1年後にむくみと息切れの症状を訴えたため通常の検査をしたところ、RAやPAWは上昇していた。一方で、mPAPは17 mmHg前後でPVRは1.1mmHg/L/minと、正常範囲内であった。

我々の施設では、PAHの発症原因になりうる結合組織病や血栓素因を有しており、安静時の右心カテーテルで正常な肺動脈圧でも、労作時の息切れを訴える症例において、運動負荷のCPXを含めた右心カテーテル検査を行っている。カテーテル検査台にエルゴメータを乗せ、CPXの装置を付けつつ頸部からスワンガンツカテーテルを入れた状態で、肺動脈圧や右心房圧、肺機能などをモニタリングしている。

運動負荷検査をすると、健常な人でも心拍出量が増加して圧力が上がる。心拍出量に対するmPAPの上昇率を計測し(mPAP-CO slope)、その傾斜からPVRの推定が可能である。今回の症例では、mPAP-CO slopeの傾斜は3.4であった。世界的に参考にされている論文の報告では、mPAP-CO slopeの傾斜が3を超えた場合にリスクがあるとされているため、当患者は運動誘発性PHの診断に至った。

運動負荷検査の有用性

運動負荷検査の有用性について報告されている論文を紹介する。BMPR2に変異があるものの、PAHを発症していない55人に右心カテーテル検査を実施した研究である。うち52人は、mPAPが20 mmHg以下の正常例であった。運動負荷を行った52人のうち、12例に運動誘発性PHがみられ、6年間のフォローアップ期間中に2例がPAHを発症した。

ガイドライン変更に伴う今後の展望

mPAPの診断基準が20 mmHgに変わることで、早期診断や早期の薬物介入が可能になると予測される。診断がつかないなかでの早期薬物投与は患者の経済的負担が大きいため、運動負荷を組み合わせることで、早期の適切な診断と治療開始につながるだろう。ただし、遺伝学的な素因があるため、早期治療によって予後が改善するかどうかは検証が必要だ。また、一部の運動誘発性PHは、mPAPの診断基準を20 mmHgにしても見逃される可能性もあるため、運動誘発性PHの段階で薬物治療が可能になることが期待される。

講演のまとめ

  • HPAHは家族歴を有する、あるいはPAH発症原因遺伝子に病的変異を認める症例と定義される
  • BMPR2シグナル経路は細胞増殖を抑制するため、BMPR2変異によりコントロール機能が失われ、血管内で細胞が増殖することで内腔が狭窄する
  • 親がBMPR2変異によってPAHを発症した場合、子の世代で若年発症を伴う症例があるため、早期に検査をすることで発見につながる可能性がある
  • HPAHの早期診断や発症予測として、運動負荷検査が有用な可能性がある
  • 遺伝学的検査は本人や家族員の診断や予後予測に有用であるが、適切な遺伝カウンセリングのもとで行われることが重要である

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