2021年12月16日掲載
医師・歯科医師限定

「医工連携」でチップ上に人体を再現、遠隔医療から生体モニタリングまで――国際腎臓学会が選出した60+1の「Breakthrough Discoveries:画期的な発見」から新しくも重要な「+1」

2021年12月16日掲載
医師・歯科医師限定

東京大学医学部附属病院 腎臓・内分泌内科 科長/教授

南学 正臣先生

国際腎臓学会(ISN)が学会発足から60周年を記念して2020年に開催した「Breakthrough Discoveries:画期的な発見」は、腎臓病学の進歩にもっとも多大な影響を与えた歴史的研究について上位60+1の研究をISN会員が選出したものである。当初は60の予定であったが、最終的には60+1となった。その「+1」とは、ほか60の研究と遜色なく重要であるが、あまりに新しく今後の検証の余地がある潜在的な発見という位置付けのいくつかの研究だ。今回はその中から2つを紹介したい。

まずは「Collaborations across disciplines: Bioengineering and nephrology:分野を超えたコラボレーション:生物工学と腎臓学」、すなわち医工連携の可能性について。

Jonathan Himmelfarb氏らが開発した「Kidney-on-a-chip」というツールがある。これはチップ上にコンパートメントをいくつか区切り異なるバイオ細胞を培養することで、チップ上で臓器を再現するというもの。米ハーバード大学がこのツールを発展させ、再現した臓器をつなげてチップ上で人体を再現するという研究を行った。

当教室では藤井 輝夫氏(前・生産技術研究所教授)と協働し、Kidney-on-a-chipの開発に関するいくつかのプロジェクトを進めている。たとえばマイクロデバイスを利用し、従来の培養系に欠けていた濾過流および原尿の尿流による物理的刺激を取り入れ、生体内の環境をより正確に再現した腎臓の細胞の革新的培養系 kidney-on-a-chip を構築した研究もその1つだ。このような医工連携の可能性に注目が集まっている。

次は「Telemedicine, EMR, and care delivery:遠隔医療、電子医療記録(EMR)、およびケアの提供」について。COVID-19により遠隔診療の重要性があらためて認識され、各国で研究と導入が進められている。

米国Cleveland Clinicが選ぶ「Top 10 Medical Innovations:トップ10医療イノベーション」では、2021年の7位に遠隔医療が挙がった。米国では9割の医師が遠隔医療をすでに利用しているといわれる。また、中国では「Ping An Insurance Company of China, Ltd.:中国平安保険」が国内各所に「One-minute Clinic:1分間診療所」と呼ばれる電話ボックスを設置し、オンライン診療を受けられる仕組みを整えている。ある調査では、2019年8月からの1年間に1億1,400万人が平安保険のオンライン診療を利用したことが分かった。COVID-19の影響はというと、COVID-19前には1日に7万5,000人が使用しており、COVID-19流行中は需要が高まって1日9万2,000人が使用したそうだ。さらに、その利便性の高さにより、COVID-19流行が収まった後にも1日に11万5,000人が使用していることが判明した。

このように海外では遠隔医療が革新的に進められているなか、日本ではなかなか普及していない現状がある。実際、経済産業省の未来イノベーションワーキンググループが2040年問題を指摘している。2040年になると都市部に高齢者が増えるため、医療の需要が爆発的に増加し供給が不足。地方の医療従事者が都市部に呼び戻される。すると地方では病院の撤退が生じ、その結果、都市部と地方で同時に医療崩壊が進むという憂慮すべきシナリオだ。現行のシステムでは医療データはバラバラに保管され、診療は対面が中心だ。このままでは予測されるシナリオを回避することは難しい。そのためAI(人工知能)を活用した健康増進・疾病予防に加え、AIと個人の生活関連データを活用した遠隔診療を進めることが急務なのだ。

では、なぜ日本で遠隔医療が普及しないのか。そこには構造的な問題があると考えている。たとえば、米国ではCOVID-19を機に医師免許そのもののシステムを変え保険診療の点数を大幅に変更するなどしてオンライン診療を普及させたが、日本ではまだオンライン診療の保険点数が低く、対面診療のほうが“儲かる”仕組みになっている。遠隔医療を推し進めるためのインセンティブが医療者側に少ない現状なのだ。

このような現状を打開するためには、分野横断的な議論と構造的な変革が必要である。そのようななかで、日本医学会連合は厚生労働省からの要望を受け、2021年6月に「オンライン診療の初診に関する提言」を発表した。これまでオンライン診療が認められていたのは再診かつ病状が安定した慢性期疾患の患者にのみであったが、コロナ特例を認めるべきだという議論がある。本提言では、オンライン診療の推進において検討が必要とされる「オンライン診療の初診に適さない症状」と「オンライン診療の初診での投与について十分な検討が必要な薬剤」をまとめた。

現在のオンライン診療は画像と音声のみを使用するため、その状態で初診の診断をできる疾病はほとんどないのが現状である。つまり技術的な制限があるのだ。一方、利便性の高さは確実にあり、特に子育て世代には需要が高い。たとえば子どもが病気にかかった際、病院にかかる手間が省ければ仕事との両立がしやすいだろう。若年層はITツールに馴染みがあるため、オンライン診療も使いこなせるはずだ。その若年層が将来的に利便性の高いオンライン診療を十分に活用できるように、今後体制・システム構築に注力していく必要があると考える。

さらにオンライン診療の発展型として、遠隔で患者の生理的パラメーターをモニタリングできる技術が必要になるだろう。たとえばある論文では、メガネに装置を組み込み、涙の中のクレアチニン値を測定することで腎機能を推定する方法が紹介された。在宅で継続的に生理的パラメーターをチェックするためには、少量のサンプルで非侵襲的にデータを取得する必要がある。そのため、先のような方法が今後大きく発展する可能性があるのだ。腎臓病の領域は他分野に比して在宅で非侵襲的かつ継続的に生理的パラメーターをモニタリングするデバイスが発達していないため、今後の研究に期待したい。このような技術が発達すれば、オンライン診療においても画像と音声に加えてモニタリングしたデータを用いることが可能になり、遠隔医療の発展が見込めるであろう。

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