2024年04月19日掲載
医師・歯科医師限定

乳がん診療の将来見据え課題解決に注力―日本乳癌学会・戸井雅和理事長インタビュー

2024年04月19日掲載
医師・歯科医師限定

がん・感染症センター 都立駒込病院 院長

戸井雅和先生

新しい治療法や薬の開発などによって、乳がんの治療成績は向上している。それを支えているのは世界中の医療者・研究者のたゆまぬ努力であり、日本も少なからぬ貢献をしている。一方で、乳がん患者の増加に医療者の数が追い付かず、そのギャップが年々拡大するなど、日本の乳がん診療には解決すべき課題も多い。日本乳癌学会の戸井雅和理事長(都立駒込病院院長)に、こうした課題の解決や乳がん診療の発展のために学会が果たすべき役割、この領域の魅力などについて聞いた。

乳がん診療 “量”と“質”の課題

日本に限らずアジアで乳がんの患者さんが急激に増えている。日本では少し前まで「一生の間に15人に1人が乳がんになる」とされていた。私が医師になったころはおそらく25人に1人よりも少なかったと思う。今は「9人に1人」という時代になった。そうした中で、現在のがん診療には“量”と“質”の2つの面で大きな課題があると考えている。

急増する罹患者数に対して、それを診る医師、看護師など医療者側の増加が追い付かず、アンバランスが生じている。そして、そのギャップがどんどん広がり、望ましい数に比べて医療者の数が足りなくなってきている。加えて、現在の乳がん診療は医療者以外のさまざまな職種の方のサポートがないと成り立たず、現場の負担がどんどん増えているという状況だ。日本乳癌学会には何よりも人の育成、養成が求められており、十分な専門性を持った医療者を各職場、領域で育てていく必要があると考える。

医療者の不足に対応するために、医師会の会員や乳がん専門のクリニックの医師とタイアップしていく必要があると考え、現在新たなネットワークの構築が始まっている。この作業は学会と医師だけでなく、患者や市民、社会とともに動かなければ進めることができないと思っている。

質の面では、今の乳がんの診療に求められる知識や技術は年々高くなってきており、膨大な情報をハンドリングしないと最先端の診療を実施することは難しくなってきている。その端的な例はガイドラインのボリュームだ。2000年代前半のグローバルな乳がん診療のガイドラインと現在のものを比べると、数十倍の情報量になっている。

日本発の診断、治療法 世界に貢献

先ほど、アジアで患者が急増しているとお話ししたとおり、おそらく世界の乳がん患者の半分以上はアジアで発生している。それはすなわち、アジアの責任が増大しているということだ。アジアから乳がんについての情報を発信することの重要性を、我々は自ら認識しなければならない。

そうした中で、日本発の診断、治療法による世界への貢献は小さくない。高周波によってがん細胞を破壊するラジオ波焼灼療法(radiofrequency ablation:RFA)、リンパ節へのがん転移の有無を調べる蛍光法によるセンチネルリンパ節生検は日本から情報発信された技術だ。薬についても本庶佑氏の免疫チェックポイント阻害薬だけでなく、日本の技術で作られたHER2陽性の手術不能または再発乳がんに対する抗悪性腫瘍薬 「トラスツズマブ デルクステカン(商品名:エンハーツ)」は世界のエポックメーカーになっている。

一方で、課題も山積している。日本乳癌学会の将来検討委員会の中に

  • ビッグデータサイエンス
  • AI導入
  • 新技術開発
  • リキッドバイオプシー
  • 大学教育
  • 乳房再建
  • 予防観点からのリスク評価システム検討

――など8つのワーキンググループを作り、診断や治療に関する新技術の検討やさまざまな課題の解決策などについて議論を重ねている。

ビッグデータの処理・操作は、効率的・効果的な医療展開に欠かせない。AIの導入は非常に刺激的でエキサイティングな部分もあるが、逆に注意すべき点も少なくない。その両面からアプローチしたうえで、まずは画像診断や病理診断から導入が進んでいくと思われる。

新技術開発ではRFAが早期乳がんの治療で2023年に保険収載された。乳がんに対するRFAの薬事承認は世界で初めてだ。一方、さまざまな分野で導入が進んでいるロボット支援手術は、乳がんでは準備・検討段階にとどまっている。

大学教育は、乳がんを診療する医療者の不足に対応することを目的としている。多くの方が乳がん診療に携わってもらえるよう、医学生や研修医、若手医師にとって魅力的な学会であるためにはどうすべきかを検討している。

乳房再建を担う形成外科医の数に地域間格差があることは認識しており、地域の活性化とも関連する問題だ。病院までの距離がある、一定の地域内に常勤の形成外科医がいないなどのさまざまな状況があり、地域のネットワークで少しずつ解決していきたいと考えている。

乳がん予防に関しては、残念ながら欧米と比較して後れを取っていると認めざるを得ない状況だ。これは、女性一人ひとりの乳がんリスクを評価するシステムがいまだ確立されていないためだ。近い将来の導入に向けて、現在リスク評価システムの構築を検討している。

日本乳癌学会は、日本の乳がん医療が抱える課題の解決に向け、これらの検討に特に力を入れている。

幅広く奥深い乳がん診療

乳がんは、がんそのものが非常に多様性に富み、昔からさまざまな治療を組み合わせる「集学的治療」の代表として扱われてきた。それは現在も変わらず、非常に多くの治療法が必要であり、異なるモダリティーを組み合わせることも求められる。

乳がんは「入り口が狭い」と感じる方がいるかもしれないが、入ってみると恐ろしく幅が広く奥が深い。多くの研究者がいて長い歴史があってもなお、いまだに研究の種は尽きるどころかどんどん増えているという状況だ。

腫瘍サブタイプの概念の導入▽標的薬の開発▽遺伝性乳がんの診断・予防・治療▽腫瘍ゲノム解析▽免疫療法▽画像診断、病理診断、形成外科の進歩――などによって、治療成績は少しずつではあっても毎年確実に向上するとともに、発見される乳がんも少しずつ小さくなってきている。

乳がん診療は非常に魅力的でやりがいもある領域だ。ぜひ若い方たちに入ってきてほしいと願っている。

乳がん診療の領域に入ってきたなら、まずは専門家としての外形の基準をしっかりと身につけていただきたい。それとは別に、自身の興味のあることを大切にしてほしいと思っている。“興味”はその人独自のもので、それに対して周りからいろいろな意見が出ることがあるかもしれない。しかし、それでしぼませるのではなく、自身の興味を大切にし、育てていってほしい。学問や研究、そして臨床でも、ある一定のルールの中での自由度は非常に大切だ。基礎をきっちりと身につけることは大前提として、あとは自由に考え、行動していけばいいだろう。

患者の感謝が原動力に

1982年に医師になり4年目から乳腺・乳がんを専門とするようになって以降、患者からもらった有形無形の感謝は心の深い部分に刻み込まれている。その時々で忘れられない症例の記憶は今でも残っていて、それらが臨床でも研究でも、私自身の原動力となっているのは間違いない。

人のつながりにも恵まれた。大学や病院だけでなく基礎研究に携わった海外留学先でも、素晴らしい指導者、先輩、同世代の仲間、後進の人たちと出会うことができた。学会理事長の仕事も、そうしたつながりの延長線上にあると思っている。


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