2023年09月26日掲載
医師・歯科医師限定

“口腔の番人”口腔外科医……池邉 哲郎理事長に聞く口腔外科学会の課題と展望

2023年09月26日掲載
医師・歯科医師限定

福岡歯科大学 口腔・顎顔面外科学講座 口腔外科学分野 教授

池邉 哲郎先生

口腔外科は歯科領域だが、医科と同じように手術やがん患者の治療もし、一般歯科と医科の橋渡し役も果たす。国民の健康な生活に不可欠な診療科にもかかわらず、比較的知名度は低く、近年は“なり手不足”が問題となり始めている。その背景にあるもの、口腔外科の果たす役割などについて日本口腔外科学会理事長、池邉 哲郎氏(福岡歯科大学 口腔・顎顔面外科学講座 口腔外科学分野 教授)に聞いた。

「働き方改革」対策も課題

日本口腔外科学会(以下「口腔外科学会」)は正会員数約1万1,000人(2022年8月末現在)と、歯科関連の学会の中では2番目の大所帯だ。多くの会員を抱える一方で、「人材確保と後継者育成」「地域格差解消」の2つが今後の課題と考えている。

近年、口腔外科に対する歯学部の学生や研修医の人気は少しずつ落ちてきている。なぜかというと、口腔外科は手術をするし急患も来るために拘束時間が長くなったり、外科手術に伴うさまざまなトラブルのリスクもあったりする――ということで、若い人から見ると“きつい”仕事に映るのであろう。これは医科における外科や救急の不人気と同じ構図である。だからこそ、今から人材確保、後継者育成の準備をしていく必要があると考えている。そのため、男女共同参画の実現も口腔外科学会の重要な課題で、女性の口腔外科専門医*を増やしたいと考えている。

若い人が口腔外科医になっても都市部で就職をしたがり、地方の病院に若手を派遣しようとしてもなかなか行ってもらえないということがある。都市部には口腔外科専門医がある程度いるが、地方ではだんだんその数が減少している。そうした地域格差、偏在の問題がある。

これも医科の外科系と同じ傾向で、口腔外科学会としては課題を認識し、解消していかなければいけないと考えている。

*口腔外科専門医は(一社)日本歯科専門医機構が認定した広告ができる専門医の1つ

もう1つ、頭の痛い問題が「医師の働き方改革」だ。口腔外科医は歯科医師だが、病院では医師と同じように働いている。長時間にわたる手術もあり、医師と同程度の時間外労働をせざるを得ない。その一方で、時間外労働の法律上の体系は医師と異なり、一般労働者と同等の制限になる。それによって必要な口腔外科の手術や診療が一部制限される恐れがある。法律は守らなければいけないが、学会としても対策を考えていく必要があると考える。一方で、若手の人材確保には働き方の改善も必要で、そのジレンマがある。

「災害派遣のシステム作り」できれば

臨床に関しては、新しい技術や治療方法を学会としてもどんどん導入していかないといけないだろう。口腔外科で新しい治療を発信するというよりは、たとえばAIの活用、ロボット支援手術や遠隔手術など医科のほかの分野で出てきた新しい技術を、口腔外科にも早く導入できるようにする学会活動も必要かと思う。ただ、そうした新しい技術の導入は若い人材の役割だと考える。世界に負けない新しい技術を導入することにおいても、やはり若手がアクティブに活動できる学会であることが必要だ。

さらに、まだアイデアの段階だが、いつ来るか分からない大災害に備え、被災地に口腔外科医を派遣するシステム整備も必要となるかもしれない。これまで口腔外科医の派遣は大学単位の縦構造だった。地域の口腔外科医同士の横のつながりを構築する必要があるが、いまはまだそうした体制がない。大地震などが起こったときに口の中にけがをする、あごの骨を折る、歯が折れる――ことなどもあり、それは口腔外科が治療すべきものだ。発災直後は命を救う医科の出番だが、トリアージの次の段階として口腔外科医が活躍できる、あるいは要請があればすぐに派遣できるようなシステムができればよいと思っている。

診断力と全身管理が重要

学生や若手には「診断」と「全身管理」の重要性を、口を酸っぱくして言っている。

内科的な病気も多数あり、それには診断が大切だ。口腔外科は手術をするだけでなく、診断に基づいて内科的に治療・投薬する。また、たとえば自己免疫疾患や大腸の病気、アレルギー、感染症などの全身の病気の症状が口の中に現れることもよくある。医科で処方された薬の副作用が口の中に現れることもある。歯ぐきからの出血が止まらない、あるいは「長引く口内炎」などから白血病が見つかることもある。一般の歯科からそうした症状の患者が口腔外科に紹介され、血液検査などの結果によっては医科に紹介をする。一般歯科と医科の橋渡しをするのも口腔外科の非常に重要な役目だと思っている。このように、常に全身の病気に目を配りながら口の中の病気を診断し治療しなければいけない。

手術をするにあたっては、患者の全身状態を把握することも重要だ。血液検査などで肝機能や腎機能を知り、手術に臨む。術後も常に全身状態に気を配る。患者の容体が悪化した際の救急対応も身に付ける必要がある。

一般歯科、医科からも信頼――医科歯科連携の要

口腔外科の特色は、まず「手術ができる」ということが挙げられる。口の中は視野が狭いうえに細かい手技が求められ、手術しにくい。口腔外科は非常に高度な専門領域であり、口腔外科でなければ治療できない病気、できない手術があるということは、やりがいにつながっていると思っている。

また、全身疾患についても分かっているので、一般歯科で治療中に高血圧の患者の気分が悪くなった場合に相談を受けるなど、頼りにされる存在だ。逆に口の中の病気と全身疾患の両方が分かることから、特に大きな病院では医科の医師から相談されることもある。先ほど話したように一般歯科と医科の橋渡し役もしていることで、皆から頼りにされ役に立つ診療科であることが口腔外科の魅力だろう。

私が学生時代に口腔外科を面白いと思った理由の1つは、扱う病気が多種多様だということだ。一般歯科が診るのはう蝕(むし歯)、歯周病、義歯、歯列矯正といった非常に狭い範囲の病気と治療にほぼ限られる。それに比べると口腔外科は、がんや口内炎、骨折など多岐にわたり、非常に複雑な病気を診断・治療することから、自分の“知識欲”が刺激される診療科であることも目指した理由になっている。

一般歯科ならば人の生き死ににかかわることはないが、口腔外科はがんも診るため患者の死に立ち会うこともある。まだ若かったころ、口腔外科医になって初めて受け持った口腔がんの患者が末期で、最終的に亡くなった。自分で死亡診断書を書く経験をし、口腔外科医、臨床医の立場から離れて、人の死とは何かという人間としての立ち位置のようなものを考えた。もちろん、治療がうまくいった患者のほうが圧倒的に多いのだが、記憶に残っているのはそういう患者の話になってしまう。

口の中の病気で手術をする患者はQOLが大きく低下する。舌を手術すると食べること、話すことや嚥下がうまくいかなくなる。審美的な面でダメージを受ける場合もある。後遺症もある。口腔の重要性を肝に命じて、日々の診療や手術において患者と向き合う必要がある。そのためには患者への説明にも時間をかける必要がある。自分は手術をする外科医だが、理想的にはがんを含めた口の中の病気を薬で治してQOLを温存できればよいと思うことがある。

学会の理事長としては、これまでに述べた地域格差、働き方改革も含めて仕事をしやすい環境を学会が作ることで、若い人や女性に口腔外科医を長く続けてもらえるようにしたい。口腔外科は国民の健康に非常に重要であり、ないと国民が困る診療科だ。専門医資格を持つ口腔外科医を一定数確保することは学会の使命と考える。一方で、全国的に歯学部そのものの人気がかなり落ちている。そのなかで歯学部に入った学生を大切にして、大学教育と口腔外科の臨床などをスムーズに一貫して結び付けるため、歯学部教育についても学会として発言していきたい。

口腔外科は歯科領域だが、医科の一分野と思っている患者も相当数いるのではないかと考えている。総合病院など臨床の場では「歯科口腔外科」となっていて歯科の中にあるので、実際に診療を受けている患者は承知しているとは思うが、受験生も含めて国民全体への周知を図るアピールは足りていないかもしれない。

最後に、母校・九州大学の歯科口腔外科の教室歌は北原 白秋が作詞している。その一節に、「口腔すなわち 命の関門」とある。口腔外科医はその関門を守る番人だと思っていただきたい。

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