2022年12月13日掲載
医師・歯科医師限定

【第55回日本てんかん学会学術集会レポート】大規模災害とコミュニティのレジリエンス――精神医学の視点から(2800字)

2022年12月13日掲載
医師・歯科医師限定

東北大学大学院医学系研究科 精神神経学分野 教授

富田 博秋先生

大規模災害はトラウマや突然の近親者などの喪失といった特殊な精神的ストレスをもたらす。近年は、COVID-19の感染拡大により自然災害とは異なるタイプの緊急事態に伴うメンタルヘルス問題も浮上している。富田 博秋氏(東北大学大学院医学系研究科 精神神経学分野 教授)は第55回日本てんかん学会学術集会(2022年9月20日~22日)で行われた講演の中で、自然災害やコロナ禍がもたらした精神的ストレス、メンタルヘルス問題への取り組みにおける課題と今後の展望について解説した。

大規模災害がもたらす精神的ストレス――宮城県七ヶ浜町における調査

災害は突然発生し、自分や周囲の人々を命の危機にさらす。そのような経験は、以下のような特殊な精神的ストレスをもたらす。

  • 心的外傷/トラウマ
  • 喪失(人、家屋/財産、生活/環境、役割)
  • 生活環境の変化に伴うストレス(居住環境/経済面/職場環境、過労など)


実際に、東日本大震災によって大規模半壊以上の家屋被災にあった宮城県七ヶ浜町の住人約2,800人を調査したところ、その半数以上が顕著な恐怖感や戦慄を覚えたと回答した。また、家族や親族、友人といった親しい人の喪失を経験した割合は44%にのぼり、家屋や家族といった複数の喪失を同時多発的に経験した人が多いことが分かった。東日本大震災により全壊あるいは半壊した家屋は全国で40万戸近くにのぼることから、この数値を全国規模で考えると恐怖・戦慄や喪失の経験者は莫大な数になるだろう。

また、震災後8か月時点で調査対象者のほとんどが仮設住宅に入居あるいは近隣の市町村に転居しており、大きな環境の変化を経験していた。就労に関しては34%が減収、38%は労働時間が増加したと回答している。この時期に実施した、心的外傷後ストレス反応(Post-traumatic Stress Reaction : PTSR)の評価尺度である出来事インパクト尺度(IES-R)を用いた評価では、32%がカットオフ値(25点)を超えており、一定以上の心的外傷後ストレス反応が認められた。住環境や就労状況の変化がストレス反応を修飾する一因となった可能性も考えられる。

我々は、IES-Rによる評価を10年間にわたり実施した。その結果、年月の経過に伴い心的外傷後ストレス反応が認められる割合は減少しているが、10年後においても6%に認められた。震災体験者の母数を考えると、依然として多くの方が震災に関連するメンタルヘルスの問題を抱えていると考えられる。

富田氏講演資料(提供:富田氏)

対人交流がもたらすメンタルヘルスへの影響

我々は、前述したIES-Rを用いた評価に加え、心的苦痛や不眠についても10年間の調査を実施した。その結果、IES-Rと同様に年々減少傾向を示したものの、2015~2017年にかけて一時的に増悪に転じる時期が認められた(下図)。ちょうど災害公営住宅への移転や高台造成地への集団移転が開始されて住環境が大きく変化した時期であり、その時点までに築かれた人とのつながりが希薄になったことが要因だと推測される。

富田氏講演資料(提供:富田氏)

実際に、七ヶ浜町の社会的孤立の経年変化を示すグラフ(下図)と比較すると、上記の心的苦痛のグラフと相関する。人とのつながりはメンタルヘルスの維持に非常に重要であることが分かる。

富田氏講演資料(提供:富田氏)

この時期に行った調査では、震災前と比較して、挨拶、回覧板を渡すときの交流、行事などで話をする機会が減少していると回答する住民が多くいた。また、生活習慣とメンタルヘルスとの関係も同時に調査したところ、1日の歩行距離や飲酒量などがメンタルヘルスに影響を及ぼしていることが明らかとなった。

これを受け、人とのつながりを促進させる取り組み(回覧板の習慣を再び普及させるなど)や、生活習慣を含めた行動変容を促す取り組みが行われた。2018年には新たな環境での人とのつながりができたものと思われ、住民のメンタルヘルスもよい状態に回復したことが示唆された。実態を調査し、得られたデータに基づいた解決策を講じた取り組みの一例と考えている。

コロナ禍におけるメンタルヘルス――うつ病や自殺者の増加

COVID-19の流行もまた、メンタルヘルスに大きな影響を及ぼしている。その影響の特徴は自然災害とは異なる部分がある。たとえば、災害の範囲が非常に広域である、持続期間が長期に及び、今後の状況の推移の予測が困難なことなどだ。

富田氏講演資料(提供:富田氏)

その影響は人口あたりの自殺者の増加という形でもあらわれていると考えられ、リーマンショック後の2009年以来11年ぶりに増加に転じており、中でも若い女性の増加が目立つ。COVID-19パンデミックのメンタルヘルスへの影響は、社会のあらゆる層の人に広範に及んでいる。たとえば、医療従事者への影響についてはさまざまな報告がなされている。ここでは、パンデミック対策にあたっている保健所職員のメンタルヘルス問題に言及しておきたい。我々の調査では、不眠症が69.6%、心理的苦痛が56.5%、PTSD症状が45.5%、抑うつ症状が31.8%、問題飲酒が18.2%と医療従事者と同等以上に深刻であることが示された。緊急事態発生時の行政職員の就労環境については、改善や社会の理解を要すると考えられる。

従来のメンタルヘルス問題への対応の課題

これまで、自然災害や感染症拡大などによって生じるメンタルヘルスの問題について、その実態を捉えて適切な対策を講じることが十分に実施されてこなかった。2020年6月25日に日本脳科学関連学会連合より発表された「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に係るメンタルヘルス危機とその脳科学に基づく対策の必要性」では、従来の精神保健活動の課題について以下のような点が挙げられている。

  • 被災地域住民のメンタルヘルスの現状の把握がほとんどなされていない
  • 被災地域住民のメンタルヘルスに関する情報が体系的に蓄積・分析されていない
  • 支援の効果が検証できていない
  • 支援体制が新たな社会の変化に対応できていない
  • 一部の支援組織内だけで、情報や意思の共有が閉ざされている
  • 精神保健の未来に向けた発展や次の災害への対策の向上につながらない
  • 先端技術が活用できていない


東日本大震災の発生後には、岩手県、宮城県、福島県において「心(こころ)のケアセンター」が開設され、また、それ以外にも多くの人が被災者のメンタルヘルス問題の解決に取り組んだ。一定の成果は得られたと思うが、エビデンスに基づいて効果を評価し、より有効な解決策を組み立てることで、さらによいケアにつながった可能性がある。

行政、学術機関、医療機関、教育機関などが別々にメンタルヘルス問題に取り組むのではなく、今後は産官学がさらに連携し、実態の把握やそれに基づいた施策を全国的に講じていく必要があるだろう。

富田氏講演資料(提供:富田氏)

災害時におけるてんかん、けいれんへの影響

コロナ禍において、てんかん患者は健常者と比較して心理的苦痛を強く長期に渡って感じることが報告されている。また、別の報告では、PTSDのある方はてんかん発症リスクが高くなることが示唆されている。

一方で、震災後の非てんかん性けいれんの報告もある。東日本大震災後8週間において、気仙沼で原因不明のけいれん発作の事例が多かったことや、熊本地震後12週間において、非てんかん性のけいれんが多く発生したことなどが報告されている。災害によるストレスがてんかん、けいれんに及ぼす影響についても考えていく必要があるだろう。

講演のまとめ

  • 大規模災害はトラウマ体験や喪失、環境の変化といった特殊な精神的ストレスをもたらす
  • 人とのつながりはメンタルヘルスの維持に重要である
  • メンタルヘルス問題に対しては、実データに基づいた対策を講じることが重要である
  • コロナ禍では自然災害発生時とは異なる種類のメンタルヘルス問題が浮上している
  • 今後は産官学が連携し、実態の把握やそれに基づいた施策を講じることが全国的になされていくことが望まれる
  • 災害によるストレスとてんかんおよびけいれんとの関連性も検討していくべきである

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