2022年01月07日掲載
医師・歯科医師限定

【学会レポート】新しい抗HER2薬の開発――ツカチニブやT-DXdの可能性(3000字)

2022年01月07日掲載
医師・歯科医師限定

がん研有明病院 院長補佐/乳腺内科 部長

高野 利実先生

トラスツズマブをはじめとする抗HER2薬の出現により、HER2陽性の転移性乳がんの予後は大幅に改善した。そして現在もさらに新しい抗HER2薬の開発が進んでいる。

高野 利実氏(がん研有明病院 院長補佐/乳腺内科部長)は、第29回日本乳癌学会学術総会(2021年7月1~3日・パシフィコ横浜ノース)で行われたシンポジウムにて「Development of new anti-HER2 agents」という演題で、新たな抗HER2薬剤開発の現状について解説した。

乳がんの標準治療

高野氏は最初に、乳がんの標準的な治療戦略を紹介した。

まず、生命を脅かすような状態ではない乳がんでホルモン受容体陽性HER2陰性の場合には内分泌療法を実施し、ホルモン療法耐性となった場合には化学療法へ移行する。ホルモン受容体もHER2も陰性のトリプルネガティブ乳がんでは、各種の化学療法が行われていく。HER2陽性の場合にはトラスツズマブなどの抗HER2薬と抗がん剤を組み合わせて使用していくことになるが、ホルモン受容体陽性かつHER2陽性の場合にはトラスツズマブ、ペルツズマブ、内分泌療法の併用療法をまず行うこともある。


高野氏より提供

第一・第二世代の抗HER2薬

高野氏はこのうちHER2陽性乳がんの治療に焦点を当てた。HER2陽性の転移性乳がんはかつて予後が不良であったが、現在予後は大幅に改善している。高野氏はフランスのunicancerが実施した2008~2016年におけるHER2陽性乳がんでのOS(全生存期間)の調査結果を紹介し、予後の改善は現在も継続していることを強調した。

<HER2陽性乳がんのOS>

高野氏より提供

出典:T Grinda et al.ESMO Open.2021 Jun;6(3):100114

HER2陽性乳がんの予後の改善に大きく寄与したのが、抗HER2薬の登場だ。第一世代の抗HER2薬はトラスツズマブ(抗HER2ヒト化モノクローナル抗体)とラパチニブ(HER2チロシンキナーゼ阻害剤)の2種類で、日本での承認は前者が2001年、後者が2009年である。HER2陽性転移性乳がんに対する従来の治療にこれらの薬剤を上乗せすることの有効性については、ほぼ全ての第III相試験で示されており、もはやHER2陽性転移性乳がんにおいて抗HER2薬を用いない場面はほとんどないといえる状態となっている。

そして高野氏は、抗HER2薬同士を比較したランダム化第II相試験(WJOG6110B/ELTOP試験)に言及した。この試験は、高野氏自身がPI(治験責任医師)を務めたもので、トラスツズマブ治療歴のあるHER2陽性転移性乳がん患者を対象に、ラパチニブ+カペシタビンを投与した群とトラスツズマブ+カペシタビンを投与した群でPFS(無増悪生存期間)とOSを比較した。結果として、統計学的有意差は示されなかったものの、OSについてはラパチニブ投与群のほうが優れる傾向もみられたとし「ラパチニブとカペシタビンの併用は、HER2陽性の転移性乳がんの治療において今も重要な選択肢である」との見解を示した。

そして第二世代の抗HER2薬として2013年に日本で承認されたのが、ペルツズマブ(抗HER2ヒト化モノクローナル抗体)とT-DM1(抗体薬物複合体)である。

ここで高野氏はペルツズマブの有用性を検証したCLEOPATRA試験を紹介した。本試験ではHER2陽性転移性乳がんの患者を対象に、ファーストラインとしてトラスツズマブ+ペルツズマブ+ドセタキセルの3剤併用した場合と、トラスツズマブ+ドセタキセルの2剤併用した場合が比較され、ペルツズマブ併用群でPFSとOSが有意に優れていることが示された。

またセカンドラインで、T-DM1投与群とラパチニブ+カペシタビンを投与した群を比較したEMILIA試験では、T-DM1投与群がPFSとOSで有意に優れていた。

これらを踏まえ2020年時点でのHER2陽性の転移性乳がんの標準治療は以下のとおりとなった。

・ファーストライン……トラスツズマブ+ペルツズマブ+タキサン

・セカンドライン……T-DM1

・サードライン……ラパチニブ+カペシタビン、トラスツズマブ(beyond PD)+化学療法、その他

新たな抗HER2薬の開発

高野氏は新たな抗HER2薬に話題を移し、現在開発が進んでいる以下の抗HER2薬に触れた。

・HER2チロシンキナーゼ阻害剤(HER2-TKI)……ツカチニブ、ネラチニブ、ピロチニブ

・抗HER2モノクローナル抗体……マルゲツキシマブ

・HER2抗体薬物複合体……T-DXd

・バイスペシフィック抗体

また抗HER2薬と他剤を組み合わせる選択肢もあるとし、例として免疫チェックポイント阻害剤やCDK4/6阻害剤などを挙げた。

ここで高野氏はHER2-TKIのネラチニブを紹介した。これはHER1、HER2、HER4のチロシンキナーゼ阻害剤であり、日本も参加したNALA 試験においてネラチニブがラパチニブよりも優れていることが示されたが、残念ながら日本では申請には至っていない。

また同じくHER2-TKIのピロチニブも、ラパチニブと比較した無作為化第II相試験でPFSにおいて有意差が示されている。

脳転移のあるHER2陽性転移性乳がんへのツカチニブの有用性

そして高野氏は可逆性のHER2-TKIであるツカチニブについて言及した。本薬剤の特徴はHER2に高い特異性を持っていることであり、HER2のIC50は非常に低いことが分かっている。ほかのHER2-TKIよりも毒性が低く、皮疹や下痢などの副作用が少ないという期待もある。

さらに重要なポイントが、脳転移のあるHER2陽性乳がん患者への有効性だ。第Ib相試験では、ツカチニブ+カペシタビン+トラスツズマブの3剤併用が脳転移にも有効であることが示唆されている。また無作為第II相試験のHER2CLIMB試験で、HER2陽性転移性乳がんの患者に対し、ツカチニブ+トラスツズマブ+カペシタビンの投与群と、トラスツズマブ+カペシタビンのみの投与群が比較され、ハザード比がPFSで0.54、OSは0.66と、いずれもツカチニブ併用群が有意に上回った。

また同じ試験で、脳転移のある患者に限定しツカチニブ投与群とプラセボ群の比較をした結果、PFSのハザード比が0.48であり、ツカチニブが脳転移のある転移性乳がんにも有効であることが示された。

T-DXdの可能性

高野氏はもう1つの有望な薬剤として、T-DXd(トラスツズマブデルクステカン)を紹介した。

第II相試験のDESTINY-Breast01試験では、HER2陽性転移性乳がんの患者を対象にT-DXdを投与した結果、PFSの中央値が19.4か月と良好な結果が示されている。


高野氏より提供

出典:Modi S,et al:PD3-06 San Antonio Breast Cancer Symposium December 8-11.2020

またT-DXdのサードラインにおける有用性についてはDESTINY-Breast02試験で検証が進んでいる。本試験ではラパチニブやトラスツズマブなどとT-DXdが比較されている。

さらにT-DM1に対するT-DXdの有用性を検証するDESTINY-Breast03試験の結果が示されれば、セカンドラインでもT-DXdが使用されることになるだろうと高野氏はいう*

そして「将来的にファーストラインでもT-DXdが用いられるようになるかもしれない。今後、HER2陽性乳がんの標準治療は大きく変わっていくだろう」と期待を込めて語った。

さらにT-DXdはHER2陽性乳がんだけでなく、HER2-lowの乳がんにも効果があると考えられおり、HER2陽性の概念が変わるかもしれないと高野氏は見解を示した。

*本講演の後、欧州臨床腫瘍学会(ESMO 2021)でDESTINY-Breast03試験の結果が報告され、T-DXdがPFSで優れていることが示された。

抗HER2薬と他剤の併用

高野氏は抗HER2薬と他剤の併用の可能性についても言及し、例としてmonarcHER 試験を紹介した。

この試験は(A)アベマシクリブ+トラスツズマブ+フルベストラント、(B)アベマシクリブ+トラスツズマブ、(C)トラスツズマブ+化学療法を投与した3つの群を比較したランダム化第II相試験で、A群がPFSで優れている傾向が示された。高野氏は抗HER2薬とホルモン療法とCDK4/6阻害薬の併用には特に注目していると述べた。

また現在はPATINA試験が進行中である。化学療法+抗HER2療法後の維持療法として、パルボシクリブ+抗HER2薬+内分泌薬を使用した群と、抗HER2薬+内分泌薬を使用した群を比較している。非常に興味深い試験であるが、残念ながら日本は参加していない。

最後に高野氏はT-DXdは日本において開発された薬剤であり、臨床試験でも世界をリードしてきたが、ほかの抗HER2薬の開発について日本は遅れを取っていると述べ「今後の新薬開発において、日本が世界をリードしていくためにさまざまなレベルで取り組んでいく必要がある」との意思を示し、本講演を締めくくった。

講演のまとめ

・第一・第二世代の抗HER2薬の登場によってHER2陽性乳がんの予後は大きく改善している

・現在も多数の新規抗HER2薬の開発が進んでいる

・ツカチニブは脳転移のあるHER2陽性転移性乳がんに対する有効性が期待される

・日本で開発されたT-DXdの承認によって、乳がんの標準治療が大きく変わると考えられる

・抗HER2薬は他剤との併用によっても効果が期待できる

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