2022年11月25日掲載
医師・歯科医師限定

【第7回日本肺高血圧・肺循環学会レポート】肺高血圧症における腸内細菌叢の異常――エンドトキシン、TMAOとの関連(3200字)

2022年11月25日掲載
医師・歯科医師限定

医薬基盤・健康・栄養研究所 ワクチンマテリアルプロジェクト プロジェクト研究員

重城 喬行先生

肺高血圧症の病態形成には炎症機序が関与すると考えられている。近年、腸内細菌叢の異常が炎症機序を介し心血管疾患の発症に関係することが明らかとなっており、肺高血圧症と腸内細菌叢異常の関連について検討が進んでいる。

今回、千葉大学大学院医学研究院 呼吸器内科学/千葉大学病院 呼吸器内科特任助教の重城 喬行氏(2022年8月より国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 ワクチンマテリアルプロジェクト プロジェクト研究員 )は、第7回日本肺高血圧・肺循環学会学術集会(2022年7月2~3日)において、肺高血圧症と腸内細菌叢異常の因果関係や想定されるメカニズム、今後の治療応用の可能性を含めた知見を概説した。

肺高血圧症における腸内細菌叢異常

腸内細菌叢の組成・機能異常は、炎症機序を介して動脈硬化、冠動脈疾患、心不全、慢性腎不全など、さまざまな心血管疾患の発症に関係することが示されている。肺高血圧症の病態形成には炎症機序が関与するとされており、たとえば特発性肺動脈性肺高血圧症(idiopathic pulmonary arterial hypertension:IPAH)では、肺血管周囲の炎症性細胞浸潤や高サイトカイン血症がみられる。また、慢性血栓塞栓性肺高血圧症(chronic thromboembolic pulmonary hypertension:CTEPH)では、血栓の不溶化や器質化に炎症性細胞浸潤が関与することが知られている。

近年、肺高血圧症と腸内細菌叢異常との関連が示唆されている。実際に、肺高血圧症動物モデル/肺高血圧症患者において肺高血圧症に伴う腸内細菌叢異常が存在すること、また病態を変化させる因子となり得ることを示す検討結果が報告されている。これらの検討に関する詳細を解説していく。

肺高血圧症動物モデルにおける腸内細菌叢異常

肺高血圧症動物モデルにおける腸内細菌叢異常の存在に関しては、2018年にスペインから初めて報告された。千葉大学のグループでもSugen5416投与および低酸素負荷を行ったSu/Hxラットモデルの腸内細菌叢を解析し、コントロールのラットと腸内細菌叢の組成に違いがみられ、腸内細菌叢異常の指標であるFirmicutes/Bacteroides比が上昇することを確認している。さらに、モノクロタリンを投与したラットモデルや低酸素誘導肺高血圧症モデルなど機序の異なる肺高血圧症モデルにおいても、腸内細菌叢異常を認めたことが報告されている。

肺高血圧症患者における腸内細菌叢異常

肺動脈性肺高血圧症(pulmonary arterial hypertension:PAH)患者における検討でも同様に、腸内細菌叢の組成が健常コントロールとは異なり、抗炎症作用を有する腸内細菌が減少して炎症を惹起する腸内細菌が増加することが示された。

また、我々のグループで行ったCTEPH患者を対象として行った検討では、腸内細菌叢組成が健常コントロールと異なることに加え、腸内細菌叢の多様性も低下する結果が認められた。

肺高血圧症と腸内細菌叢異常との因果関係

上記のとおり、肺高血圧症動物モデル/肺高血圧症患者において、腸内細菌叢異常の存在が明らかとなった。しかし、腸内細菌叢異常によって肺高血圧症が引き起こされるのか、あるいはその反対かという点を検討する必要がある。この肺高血圧症と腸内細菌叢異常の間の因果関係を検証するためには、抗菌薬による腸内細菌叢の改変、ないし糞便移植を行い、病態が修飾されるか否かを検討するという手法がとられる。

我々のグループで行った検討では、Su/Hx肺高血圧ラットモデルに対して抗菌薬カクテルを使用して腸内細菌叢を改変したところ、右室収縮期圧が低下して肺血管リモデリングが減少した。すなわち、抗菌薬投与による腸内細菌叢の改変が、肺高血圧症の進行を抑制し得ると結論づけられた。

一方、低酸素誘導肺高血圧マウスまたはwild typeマウスからの糞便移植を比較した他グループの検討では、肺高血圧マウスから糞便移植を受けたマウスの右室収縮期圧が上昇し、右室肥大が進行する結果が得られている。つまり、肺高血圧症モデルマウスから糞便移植を受けることで、肺高血圧症を誘導し得ることが示された。

これらの検討結果から、腸内細菌叢異常は、肺高血圧症の病態に影響を与える要因の1つであることが示唆される。

腸内細菌叢異常による肺高血圧症発症のメカニズム

腸内細菌叢異常により肺高血圧症を発症するメカニズムには、腸内細菌由来の有毒物質であるエンドトキシンとトリメチルアミン-N-オキシド(trimethylamine N-oxide:TMAO)の関与が想定されている。

エンドトキシンと肺高血圧症

CTEPH患者と健常コントロールを比較した検討では、血漿中のエンドトキシン値が上昇し、腸内ではFaecalibacteriumをはじめとした酪酸産生菌が減少する結果が示された。さらに血漿エンドトキシン値は、血清TNF-α値や血清IL-6値の上昇と正相関し、Faecalibacteriumの量とは逆相関を認めたのである。

エンドトキシンは、Toll-like receptor 4(TLR-4)を介し、NFκB経路を活性化して炎症性サイトカインの発現を亢進する。TLR-4欠損マウスでは、低酸素負荷による右室収縮期圧の上昇や肺血管リモデリングが認められず、低酸素誘導肺高血圧症の進展が抑制されることが示されている。一方、腸管バリア機能を担う腸上皮細胞は、酪酸をエネルギー源とする。この酪酸は、Faecalibacteriumなど腸内の酪酸産生菌が食物繊維を発酵することで産生される。そのため、腸内細菌叢異常によって酪酸産生菌が減少すると、腸上皮細胞がエネルギー源を失って腸管バリア機能が低下するのだ。

以上より、腸内細菌叢の変容により腸管バリア機能が低下して腸管透過性が亢進し、血中に移行しやすくなったエンドトキシンがTLR-4を介して炎症性サイトカインを誘導・促進し、肺血管の炎症をきたすというメカニズムが想定される。

トリメチルアミン-N-オキシド(TMAO)と肺高血圧症

肉・乳製品に含まれるコリンは、腸内細菌によりトリメチルアミン(trimethylamine:TMA)に代謝され、血中に移行したTMAは肝臓でTMAOへ代謝される。このTMAOが、動脈硬化性変化・心血管疾患の発症に関与する重要分子として、近年注目されている。

PAH患者における検討では、コリンをTMAに代謝する腸内細菌が増加していた。さらに、中等度・高リスクのPAH患者では、健常人または低リスクのPAH患者と比較し、血清TMAOが高値である結果が示されている。また、飲用水にTMAOを混ぜたマウスでは低酸素負荷により誘導される肺高血圧症が増悪することや、腸内細菌のTMA産生を抑制する3,3-ジメチル-1-ブタノールの服用で、モノクロタリンによる肺高血圧症形成が抑制されることも示されている。これらの結果より、腸内細菌関連物質であるTMAOは、肺高血圧症の発症病態にも関与することが考察される。

<腸内細菌叢異常による肺高血圧症発症の想定されるメカニズム>

重城氏講演資料(提供:重城氏)
上記イラストの一部はSERVIER MEDICAL ARTから使用しており、ライセンスはCC BY 3.0に準拠しています

腸内細菌叢異常に対する治療応用の可能性

腸内細菌叢異常と肺高血圧症との関連を示す知見の集積に伴い、肺高血圧症の予防・治療を目的とした、腸内細菌叢異常に対する治療応用の可能性についても検討が行われつつある。米国では、肺動脈性肺高血圧症患者に対し、健常人から採取した糞便をカプセル投与させる糞便移植の第I相臨床試験が行われている。現在のところ臨床応用の可能性は未知であるが、その進捗状況・結果を見守っていきたい。

講演のまとめ

  • 肺高血圧症動物モデル、PAH患者、CTEPH患者において、腸内細菌叢異常が報告されている。
  • 腸内細菌叢異常は、肺高血圧症の病態に影響を与える原因・要因である可能性がある。
  • 腸内細菌叢異常と肺高血圧症とを結びつけるメカニズムとして、エンドトキシンやTMAOの関与が想定される。

会員登録をすると、
記事全文が読めるページに遷移できます。

会員登録して全文を読む

医師について

新着記事