2022年11月17日掲載
医師・歯科医師限定

【第55回日本てんかん学会レポート】組織診断はLEAT概念のゴールドスタンダードとなりうるか?(3600字)

2022年11月17日掲載
医師・歯科医師限定

秋田県立循環器・脳脊髄センター 臨床病理部 部長、研究所 脳血管研究センター 脳神経病理学研究部 部長

宮田 元先生

Low-grade epilepsy-associated neuroepithelial tumors(LEAT:低悪性度てんかん原性神経上皮腫瘍)は、小児期発症のてんかん発作を主症状とする臨床病理学的な概念だ。腫瘍細胞の細胞分化と分子病理所見に基づく世界保健機関(WHO)の脳腫瘍分類とは異なるが、組織診断はLEAT概念のゴールドスタンダードとなるのだろうか。第55回日本てんかん学会学術集会(2022年9月20〜22日)にて、宮田 元氏(秋田県立循環器・脳脊髄センター 臨床病理部 部長/研究所 脳血管研究センター 脳神経病理学研究部 部長)が、研究データや実例をもとにLEATの組織診断に関する私見について講演を行った。

LEATの歴史的背景・疫学

LEATは元来、Long-term epilepsy-associated tumorの略称であったが、てんかんの定義の変遷に伴い、「Long-term」という考え方がてんかん医療の実態にそぐわなくなってきた。そこで、国際抗てんかん連盟(ILAE)のLEAT Study GroupはLEAT概念の見直しを図り、2016年にLEATの略称を維持する形で用語を修正した。

LEATはてんかん外科では2番目に多い背景病理である。しかし、組織学的には神経細胞腫瘍やグリア細胞腫瘍などのまれな腫瘍を主体としており、全脳腫瘍のわずか2〜5%を占めるに過ぎない。LEATの8割以上が神経節膠腫(Ganglioglioma:GG)と胚芽異形成性神経上皮腫瘍(Dysembryoplastic neuroepithelial tumor:DNT)と組織診断されており、そのほかにも希少な腫瘍が多く存在する。中にはIsomorphic astrocytomaのように、2021年に改訂されたWHO脳腫瘍分類でDiffuse astrocytoma,、MYB- or MYBL1-alteredという腫瘍名で初めて収載され、従来の枠組みでは分類困難であった腫瘍も含まれている。

腫瘍の組織診断に伴うバイアス

GGとDNTの割合について、各国のてんかんセンター8施設を対象とした調査によると、イギリスやフランスの施設ではGGに比べてDNTの組織診断例が多く、アメリカやドイツの施設ではDNTよりもGGが多いとされている。国によって両者の割合が異なる理由を調査すべく、ILAEのLEAT Study Groupは18か国の神経病理医25名(18か国)の診断一致率を検討した。LEAT30症例をバーチャルスライド(WSI)で共有し、診断投票する手法で実施された。

25人中19人(約75%)以上の神経病理医が同じ診断を下した症例を「診断一致」とみなし判定した結果、診断一致が得られたのは30例中12例のみであった。加えて、その内訳は典型的なGGとDNTのみという結果となった。

また、不一致となった18例中10例では、診断結果がGGとDNTに二分していた。そこで、これらを分類(診断)困難腫瘍として組織像を解析したところ、共通の組織学的特徴が示された。

その特徴として、主に側頭葉に好発する表在性の腫瘍であること、また組織学的にはOligodendroglia様細胞(OLC)やアストロサイトの細胞成分が主として大脳皮質にびまん性に浸潤するパターンを呈することが挙げられる。この腫瘍組織に含まれている神経細胞は、既存の大脳皮質神経細胞なのか腫瘍性の異常神経細胞なのか判断が難しい。また、造血幹細胞のマーカーであるCD34陽性腫瘍細胞が多数出現し、それがびまん性および多結節性に分布している様子もみられる。悪性所見はなく増殖能も低いというGG・DNTの特徴を併せ持つものの、組織学的に典型的なGG・DNTには合致しないgrade I相当の臨床経過を示すGlialまたはGlioneuronal tumorとして、これをDiffuse glioneuronal tumor(d-GNT)と仮称した。

宮田氏講演資料(提供:宮田氏)

しかし過去の文献を見ると、こうした腫瘍はすでにさまざまな名称で記載されている。たとえば、CD34陽性腫瘍細胞を重視する文献ではGangliogliomaとしているが、OLCを重視する文献ではDiffuse form DNTと記載されている。すなわち、まったく同じ組織像であっても、神経病理医によって診断名が変わることが、GGとDNTの割合が施設ごとに異なる理由なのだ。また、2017年にはGG・DNTとは異なる独立した腫瘍としてPolymorphous low-grade neuroepithelial tumor of the young(PLNTY)が提唱されている(WHO脳腫瘍分類の2021年改訂で収載)。

神経病理医によって診断名が異なる背景には、腫瘍の組織診断に伴うさまざまなバイアスが存在すると考えられる。主に生じうるバイアスついて私見を5つ挙げる。

(1)知識と経験による診断能力の差異

(2)学派による解釈の相違

(3)WHO脳腫瘍分類への依存

(4)定性評価に伴う錯視・錯覚や定量評価の欠如

(5)Sampling errorによる影響

上記のうち、(1)は診断一致率に直接影響することが分かっているが、日々研鑽を積むことで克服できる問題だろう。また(2)については、学派が異なるもの同士で議論を深めることで解決可能と考えられる。

Sampling errorについて

では、ここでSampling errorの問題について考えてみたい。LEATに含まれるGGやPleomorphic xanthoastrocytoma(PXA)では、それぞれに診断価値の高い組織像は病変全体のごく一部に限られていることがある。そのため、病理組織標本の中に含まれていないケースが多々あり、その場合には標本の大部分を占めるd-GNT(WHO grade I相当)と診断されてしまう。

また、もし病理組織にGGやPXAに特徴的な病変をごく一部に認めたとしても、それを根拠として腫瘍組織全体を代表する診断とするのは抵抗感もある。また、ごく少量でもPXA(WHO grade II or III)を捉えた場合には悪性度の評価にも影響を及ぼしてしまう。

宮田氏講演資料(提供:宮田氏)

症例紹介――非腫瘍性病変との鑑別の難しさ

続いて、実際の症例を紹介する。以下はIsomorphic astrocytomaと診断した小児の組織像だ。右前頭葉から基底核に向かって大きく広がる腫瘍性病変であり、HE染色標本では高分化型のアストロサイトが極めて低密度に散在している様子が分かる。免疫組織化学的にはGFAPが強陽性、Olig2およびMAP2は陰性であり、増殖能は極めて低い。

宮田氏講演資料(提供:宮田氏)

すでに3人の病理医によって、Gliosis、Developmental abnormality、Difficult to-classify lesionとそれぞれ異なる見解が示されていたが、自身は文献上の知識に基づきIsomorphic astrocytomaと診断した。病理医の知識と経験の違いにより、腫瘍/非腫瘍の診断が分かれることを示した典型的な症例といえる。また、この組織像は過去のWHO脳腫瘍分類に従うとDiffuse astrocytomaのgrade 2やgrade 4と過剰診断される可能性もあり、実際に本腫瘍はDiffuse astrocytoma (WHO grade II)と診断された患者の中から予後が極めて良好な症例を抽出することによって発見された経緯がある。

続いて、以下に似て非なる2つの組織像を提示する。下図左がGG、右が結節性硬化症の皮質結節である。どちらも大型の異常神経細胞が含まれており、好酸性の突起を有するアストロサイトが増殖していることが分かる。

宮田氏講演資料(提供:宮田氏)

このように、LEATの病理診断では非腫瘍性病変との鑑別が必要となることが多い。そのため、実際の形態診断の再現性は先述したLEAT Study Groupによる診断投票の結果よりもさらに低い可能性がある。

今後の展望――遺伝子検査の普及とバイオマーカーの活用

ここまで述べてきたように、LEAT概念のゴールドスタンダードとして組織診断のみでは不十分である。そこで、今後の課題となるのが遺伝子検査の普及だ。近年の遺伝子解析の進歩により、LEATはRASシグナルの遺伝子異常が主体であることが明らかになっており、WHO脳腫瘍分類に収載されている病名も確実に増えてきている。

また遺伝子検査だけではなく、関連する各種バイオマーカー(術前画像所見、脳波所見、術式・切除範囲、術後発作転帰、高次脳機能予後など)を併用する形で、てんかん医療に特化した統合診断体系に発展させることができれば、それこそがLEAT概念のゴールドスタンダードとなり得るかもしれない。

講演のまとめ

  • LEATの組織診断には複数のバイアスを伴い、病理医によって見解が異なることが多い
  • LEAT概念のゴールドスタンダードとして組織診断のみでは不十分である
  • 組織診断と遺伝子検査に加えて、関連する各種バイオマーカーを併用することで、てんかん医療に特化した統合診断体系を確立できる可能性がある

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