2021年09月30日掲載
医師・歯科医師限定

【インタビュー】精密医療による糖尿病合併症の解明――遺伝子情報による差別是正の必要も(1100字)

2021年09月30日掲載
医師・歯科医師限定

虎の門病院 院長

門脇 孝先生

糖尿病治療のもっとも重要な目的は合併症の抑制だ。糖尿病は種々の合併症をもたらす。糖尿病網膜症、糖尿病腎症、糖尿病神経障害、さらには心筋梗塞と脳卒中の要因となる動脈硬化症のリスクを高めることが知られている。そして最近では高齢化が進み、糖尿病に合併する心不全が増加している。一方で、合併症を起こしやすい患者とそうでない患者がいる。たとえば血糖コントロールが十分でなくても合併症を起こさない患者もいれば、コントロールが十分であるのに合併症がどんどん進んでしまう患者もいるのだ。

現在我々は、1000人以上の糖尿病患者の遺伝子配列を調査。糖尿病網膜症や糖尿病腎症などが進行しやすい遺伝子の同定を進めている。研究がさらに進めば、糖尿病治療における血糖・血圧・脂質の厳格なコントロールの目標値を、一律ではなく、合併症を起こしやすい人とそうでない人で変えられる可能性がある。それにより効率的かつ効果的な合併症の抑制が実現し、減薬による副作用の抑制、医療費の適正化につながるだろう。


精密医療はこれからの糖尿病治療において、個々人に適した治療法の提供と合併症の抑制を実現するのに有用だ。全員に強化療法を行うような無駄も省ける可能性もある。

今後の精密医療を考える際に忘れてはならないのは、遺伝子情報を知って治療に役立てたいという人もいれば、遺伝子情報を知りたくない人もいるということ。患者の「知る権利」と「知らない権利」、その両方が保証されなければならない。そして、「知りたい」という患者には適切なカウンセリングを行い、疾病の予防や治療にきちんと役立つように情報が提供されることが重要である。

また何よりも、遺伝子(情報)による差別が起こってはならない。現在、生命保険の加入において糖尿病のコントロール状態が十分でなく合併症がある場合は、保険料が高めに設定される。それは是認できるとしても、今後、たとえば1滴の血液で将来糖尿病になると予測できるようになった場合、血糖値が正常なのに将来的な糖尿病発症のリスクを加味した高い保険料が設定されてしまうような事態も起こりかねない。このように遺伝子の情報が悪用されたり、差別につながったりするのを避けなければならない。

すでに欧米やアジアの大部分で「遺伝子差別禁止法」が策定されている。しかし日本にはまだそのような法律がない。生まれながらの性別や人種、ハンディキャップなどで差別が起こらない世の中を目指すとき、その1つに遺伝子による差別も考慮されるべきだ。今後は日本でもそのような法整備を進めていくことが急務と考えている。

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