2022年01月05日掲載
医師・歯科医師限定

COVID-19 パンデミック禍における造血器腫瘍の治療――永寿総合病院のデータ・事例をもとに

2022年01月05日掲載
医師・歯科医師限定

永寿総合病院 血液内科 主任部長/副院長

萩原 政夫先生

2020年3月下旬、永寿総合病院では当時最大規模のCOVID-19院内感染クラスターが発生した。なかでも血液内科では増悪例が多く、入院患者61名中48名が感染し、約半数の21名が死亡している。萩原 政夫氏(永寿総合病院 血液内科主任部長/副院長)は、第83回日本血液学会学術総会(2021年9月23~25日)にて行われた教育講演の中で「COVID-19 パンデミック禍における造血器腫瘍の治療」という演題で、COVID-19と血液疾患との関連について解説した。

院内クラスター発生における血液疾患全体の転帰

血液疾患を持つ患者がCOVID-19に罹患した場合、重症・死亡リスクが上昇することが知られている。永寿総合病院において、COVID-19の症状出現から死亡または呼吸器装着に至るまでの日数を血液内科と他診療科の患者で比較したところ、他診療科では平均10日であったのに対し、血液内科は平均5日と短く、血液疾患を持つ患者ではCOVID-19重症化までの経過が非常に速いことが示された。死亡率でも血液内科が他診療科より約20%高いことが分かっている。

血液内科での死亡率が高い要因は2つ考えられるといい、その1つとしてウイルス量を挙げた。2020年のCancer Cell誌で発表された報告では、非悪性疾患や固形腫瘍と比べて、血液腫瘍ではウイルス量(Ct値)が有意に高いことが示されている。さらにウイルス量が高値であると、低値の場合と比べて院内生存率が極めて低いことも同報告にて示されており、萩原氏は永寿総合病院においても同様の事象が発生したと考えられると述べた。

<ウイルス量別にみた院内生存率>


Westblade LF,et al.Cnacer Cell.2020;38(5):661-672.e2.より引用

さらに、永寿総合病院の血液内科に入院していた患者の約90%が60歳以上、約70%が70歳以上であり、高齢患者が多く占めていたことも死亡率上昇の要因だろうという。2020年末にBlood誌に掲載された3,000名を超える血液疾患を持つCOVID-19感染者におけるメタ解析では、全体の死亡率が34%だったのに対して60歳以上の死亡率は47%と、永寿総合病院と類似する結果であった。

COVID-19に罹患した特発性血小板減少性紫斑病(ITP)患者の経過

次に萩原氏は、永寿総合病院におけるCOVID-19罹患者の死亡率を、血液疾患ごとに比較したデータを提示した。それによると、悪性リンパ腫(ML)と多発性骨髄腫(MM)の死亡率は50%以上と高く、急性骨髄性白血病/骨髄異形成症候群(AML/MDS)では34%だった。特発性血小板減少性紫斑病(ITP)は2例中いずれも死亡に至った。

萩原氏は、ここでITP症例の経過を供覧した。患者は73歳女性で、肥満(BMI35)、高血圧症、気管支喘息の既往歴があった。ITP治療中に発熱し、PCR検査にて陽性が認められたためステロイド薬を中断し、免疫グロブリン製剤とトロンボポエチン受容体作動薬に切り替えたところ、呼吸不全が急速に進行し発症から6日目に死亡したという。レントゲン所見でも、発症2日目には右の下肺野を残して広範囲に広がる浸潤影が確認され、6日目には両側にびまん性に広がるという急速な病状悪化を認めた。

もう1名のITP患者においても、COVID-19を理由にステロイド薬からトロンボポエチン受容体作動薬に切り替えた後に重症化し、死亡に至ったという。

こうした経験から萩原氏は「COVID-19治療中でもステロイド薬投与を安易に止めるべきではないだろう」との考えを示し、理由としてステロイド薬の中止がサイトカインストームを誘発・増悪に導くことを挙げた。またCOVID-19やITPは、疾患そのものが血栓症合併リスクを持つといわれており、トロンボポエチン受容体作動薬投与でも血栓症の副作用が報告されていることにも言及した。

そのほか、COVID-19に罹患した骨髄増殖性腫瘍(MPN)症例では、免疫抑制作用のあるルキソリチニブ投与を中断することによって、高確率で死亡に至るという解析も出ている。ルキソリチニブ投与自体も死亡リスクを約2.4倍上げるが、投与を中断することで死亡リスクが約8.5倍に跳ね上がるという。

COVID-19に罹患した悪性リンパ腫(ML)の経過

続いて、永寿総合病院で最終転帰まで終えた造血器悪性腫瘍34症例について、背景因子と死亡リスクの相関を示したデータを紹介した。まず現疾患の非寛解群(入院直後や難治例を含む)では、寛解群と比較して10.7倍も死亡リスクが高いことが分かっている。また化学療法にステロイドを併用した例は、非併用例と比べて8.3倍高い死亡リスクであり、同じく有意差をもって高い結果となった。

次に、同院でCOVID-19に罹患した16名のML患者のデータが提示され、萩原氏は注目すべき点として以下を挙げた。

・16名中11名が死亡に至っており、70歳未満でも4名中3名が死亡した

・再発難治例では7名中6名が死亡した

・ステロイド併用の化学療法施行例では7名中6名が死亡した一方、ステロイド非併用例では6名中4名が生存に至った

・リツキシマブを含む化学療法施行例においても、ステロイド非併用例では4名中3名が生存に至った

こうした経験と国内外の報告を踏まえて、コロナ禍における同院のMLの治療方針は以下のとおりとなっている。

<びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)など中~高悪性度リンパ腫>

・1次治療はR-CHOP療法を実施

・2次治療以降は症例ごとに判断するが、PBR/BR療法も積極的に行う

<低悪性リンパ腫>

・治療開始は基本的にGELF基準に従うが、ボーダーラインかつ無症候性症例については、慎重に経過観察(close monitoring)とする(受診控えによる病勢増悪には十分に注意する)

・開始基準を明らかに満たす症例については無増悪生存期間(PFS)延長を最優先に、ベンダムスチンを中心とした治療を行う

・維持療法として継続するかに関しては、今後COVID-19の感染状況によって検討する

多発性骨髄腫(MM)の経過

永寿総合病院におけるMM症例のデータと治療方針

次に、永寿総合病院におけるCOVID-19に罹患したMM9症例のデータを示した。年齢は65~87歳と高齢であり、再発難治例は5例含まれていた。最良部分奏効(VGPR)を達成した2症例はいずれも生存したが、病勢増悪(PD)の2症例はいずれも死亡に至り、全体で9名中5名が死亡した。

ここで萩原氏は、コロナ禍における同院の骨髄腫治療の治療方針を示した。

・高齢かつフレイル例が多いため、通院回数を減らす目的で内服薬を有効活用し、デキサメタゾンなどステロイド薬の減量を考慮する

・臓器障害や急速な悪化を示す症例では導入療法をためらわずに、プロテアソーム阻害剤やダラツムマブを中心に使用する

・早期寛解を第一優先とし、自家造血幹細胞移植(ASCT)は予定どおり進める

・標準リスクのbiochemical relapse例などは治療を待つ

萩原氏は「海外の専門家の意見なども参考にしつつも、早期に深い寛解を目指すことを主眼に置いた治療を心がけている」と強調した。

症例紹介――ステロイド投与によって救命できたMM患者

ここで萩原氏は、極めて特異的な経過をたどったMM患者の症例を紹介した。患者は71歳男性、慢性腎臓病で維持透析をしており、狭心症に対するバイパス術後とハイリスクの患者であった。MMについては3次治療のPBd療法でVGPRを達成していたが、ある日発熱と呼吸不全が生じ緊急来院。PCR検査の結果はSARS-CoV-2は陰性であり、CT所見からボルテゾミブによる薬剤性肺障害と診断され酸素吸入とステロイド薬投与を行った。しかし、なかなか改善がみられなかったため、ステロイドパルス療法を実施したところ速やかに解熱が得られ、呼吸不全も改善に向かったという。

ところがその後、COVID-19拡大に伴い、院内一斉PCR検査にてSARS-CoV-2陽性の結果が出た。さらに後日、気管支洗浄液保存検体のPCR検査でもSARS-CoV-2陽性と示され、一連の経過が薬剤性肺障害によるものではなく、COVID-19によるものと推測された。

急性骨髄性白血病/骨髄異形成症候群(AML/MDS)の経過

続いて萩原氏は、永寿総合病院におけるCOVID-19に罹患した12例のAML/MDS患者のデータを提示し、12名中4名が死亡したことを報告した。転帰を左右した要因としては、血球数の差が考えられるという。好中球数500/mm2、リンパ球数600/mm2をカットオフ値とした際、これを上回る症例では5名中4名が生存に至り、一方でカットオフ値を下回った症例では4名中3名が死亡した。なお、好中球数とリンパ球数のいずれかがカットオフ値を下回った3症例においては全例が生存に至ったという。

ここで萩原氏は、永寿総合病院においてCOVID-19を併発したリンパ腫/骨髄腫症例の予後が極めて不良であったのに対し、AMLやMDSといった骨髄系疾患では比較的高い生存率を維持した理由について以下のとおり語った。

・骨髄系疾患には移植症例が含まれていなかった

・大半が低用量の化学療法(主にアザシチジン投与)を施行していた

・特にAMLは無菌室にて管理されており、ウイルス暴露量が低かったと考えられる

実際にAMLでは無症状感染が大半を占めており、COVID-19による肺炎は1例のみであったと報告した。

抗SARS-CoV2 IgG抗体について

抗SARS-CoV2 IgG抗体と血液疾患の関係

続いて萩原氏は、永寿総合病院で行っている抗SARS-CoV2 IgG抗体の解析結果について解説した。

血液疾患併発の有無による死亡率とIgG抗体陽性率、抗体獲得率は以下のとおりである。


萩原氏講演資料をもとに作成(東京大学医科学研究所 河岡ラボにおけるELISA法での測定結果)

このように血液疾患を併発している症例では、抗体獲得までに時間がかかることと最終的な抗体獲得率も低いことが分かるだろう。さらに、抗体獲得に影響を及ぼす因子について解析したところ、リツキシマブを含む化学療法を施行した例では、抗体陽性に至った症例が6名中1名と少なく、有意差を持って抗体獲得に不利であることが判明した。

血液疾患を持つ患者へのコロナワクチン投与

血液疾患に代表される免疫不全の症例に対するコロナワクチン投与に関しては、2020年12月に米国血液学会から以下の提言がなされている。

・治療が予定されている場合は治療開始2~4週間前に投与すべきである

・治療後のワクチン投与は、治療終了から半年以上経過した後に行う

・疾患そのものや治療の影響によってワクチンの有効性は低下する

なお、慢性リンパ性白血病(CLL)に対するファイザー製コロナワクチン投与についてのデータがBlood誌に掲載されている。報告によると、コントロール群では投与後の抗体陽性率が100%近くあったのに対し、CLLでは約50%と大きく下回っていた。また、抗SARS-CoV2 IgG抗体価においても有意差をもってCLLで低値であったという。

<図C:抗体陽性率、図D:抗SARS-CoV2 IgG抗体価>


Herishanu Y,et al.Blood.2021 Jun 10;137(23):3165-3173より引用

また、選択的ブルトン型チロシンキナーゼ(BTK)阻害剤あるいはベネトクラクス+抗CD20モノクローナル抗体が投与されていた症例において、抗体陽性率が20%に満たなかったことが報告されている。

コロナワクチン2回摂取後の抗SARS-CoV2 IgG抗体価

ここで萩原氏は永寿総合病院における、コロナワクチン2回接種後の抗SARS-CoV2 IgG抗体価に関するデータ(CLIA法により測定)の特徴を提示した。

健常人では平均17,847AU/mLの抗体価を認めているが、MDSと骨髄増殖性腫瘍(MPN)を含む非リンパ腫群では、平均9,168 AU/mLと健常人の約半分の数値であった。また、ルキソリチニブ(JAK阻害剤)投与中の骨髄線維症(MF)では抗体価が60 AU/mLと顕著に少ない結果だったという。リツキシマブ投与中のリンパ腫症例に関しては全例で抗体が陰性であったとし、実際にリツキシマブ投与によってコロナワクチン投与で得られた抗体価が急激に低下した患者のデータも示した。

さらにリンパ腫症例については、治療終了後の経過観察中であっても抗体価が低いことが分かっている。放射免疫療法から2年経過した症例や自家造血幹細胞移植から11年経過した症例などでも抗体が陰性であったことから、リンパ腫に関しては抗体獲得が非常に難しいと考えられる。

講演のまとめ

最後に萩原氏は、講演の内容を以下のとおりまとめ、講演を締めくくった。

・血液疾患はCOVID-19のハイリスク集団である

・非悪性疾患では、ステロイド薬の投与がCOVID-19の重症化リスク因子と考えられる

・悪性疾患のうち特にリンパ性疾患でCOVID-19を発症した場合、死亡率が上昇する

・血液疾患例ではその他疾患例と比較して、抗SARS-CoV2 IgG抗体獲得率が低く、抗体獲得に至るまでの日数が長期に及ぶことが多い

・血液疾患、特にリンパ腫に関してはコロナワクチン投与後の抗体陽性率が低く、感染予防に関して再三の注意を払う必要がある

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