2022年07月29日掲載
医師・歯科医師限定

【第80回日本癌学会レポート】リキッドバイオプシーを用いたがんゲノム医療の新展開(4900字)

2022年07月29日掲載
医師・歯科医師限定

国立がん研究センター東病院 消化管内科 科長

吉野 孝之先生

血液や体液などから得られる検体に含まれる成分の遺伝子変異などを検出するリキッドバイオプシーが2021年8月に保険承認された。今後臨床現場で活用されていくなかで、どのような展開が考えられるのだろうか。

国立がん研究センター東病院消化管内科 科長の吉野 孝之氏は、第80回 日本癌学会学術総会(2021年9月30日~10月2日・パシフィコ横浜)のシンポジウムにおいて「リキッドバイオプシーを用いたがんゲノム医療の新展開」と題し、ctDNA解析における課題、リキッドバイオプシーの利点や今後の臨床での活用について講演を行った。

ctDNA解析と組織解析の整合性

ctDNA解析と組織解析の整合性は、がん種と病巣部位の影響を受ける。

がん種

ctDNA解析と組織解析の整合性はがん種により異なる。たとえば胃がんや大腸がんの場合、整合性は90%以上だ。一方、以下に挙げるようながん種は血中に出てくるcfDNA・ctDNAのレベル自体が低く、ctDNA解析を優先するのが難しいといえる。

・メラノーマ

・中皮腫

・中枢神経系原発悪性リンパ腫

・腎細胞がん

・甲状腺がん

病巣部位

がん種以外にctDNA解析と組織解析の整合性に影響を及ぼすのが病巣部位である。たとえば大腸がんの患者で「肝転移のみ」「腹膜播種のみ」「肺転移のみ」といったシングルサイトの転移がある症例をみたときに、「肝転移のみ」と「腹膜播種のみ」は、腫瘍径や腫瘍の個数の数が少なくても組織とリキッドで90%の整合性がある。しかし「肺転移のみ」に関しては、最大径が20mm以上、個数であれば10個以上ないと90%の整合性が取れない。上記の結果から、肺転移のみの症例に関しては、腫瘍量が少ないと偽陰性になってしまう可能性が示されている。

ctDNA解析の限界

現状のctDNA解析には、融合遺伝子の検出と突然変異の見極めに限界がある。

融合遺伝子の検出

ctDNA解析はDNAの破片(フラグメント)をみて診断するため、融合遺伝子の検出が難しい。

吉野氏講演資料(提供:吉野氏)

FGFR2融合の胆管がんについてctDNA解析と組織解析の結果を比較したところ、ctDNA解析の融合遺伝子検出率は1%となった一方、組織解析の検出率は約10%だった。

ほかにも、以下に挙げる融合遺伝子は組織解析のみで検出されている。

ROS1

RET

ALK

MET

これらの結果から、ctDNA解析での融合遺伝子検出率は、現時点では組織解析に劣ることが分かる。

突然変異の見極め

Krasp53などの遺伝子においては年齢とともに突然変異が生じることがあると知られている。現状のctDNA解析では、正常細胞の突然変異とがん細胞の突然変異を完全に見分けることはできない。見極めの精度に関して、現在検討を進めている。

リキッドバイオプシーの3つの利点

リキッドバイオプシーの利点について解説する。

病巣部位ごとに起こる異なる遺伝子変異を全て明確に捉えられる

全身にがんが転移した患者は、全ての箇所で同じ変異が起こっているとは限らない。たとえば同一患者で脳転移、肝転移、皮下転移での変異をみると、各部位で異なる遺伝子異常がみられる。リキッドバイオプシーでは異なる部位での遺伝子異常を全て捉えられるため、部位による遺伝子変異の違いを明確に捉えることが可能だ。

これに関連して3つの自験例を紹介する。

吉野氏講演資料(提供:吉野氏)

症例1

組織解析ではBRAF V600Eが見つからなかった大腸がんの患者でリキッドバイオプシーを実施したところ、BRAF V600Eが検出された。結果をもとにBRAF阻害剤を含む治療を行ったところ、レスポンスが確認された。

症例2

大腸がんの症例において、組織解析でMSS、リキッドバイオプシーでMSI-Hが検出された。リキッドバイオプシーの結果に基づいてペムブロリズマブを投与したところ、効果が得られた。

症例3

FGFR2陽性の胃がんにおいて、組織解析で陰性、リキッドバイオプシーで陽性を示した。FGFR阻害剤を投与したところ、非常によい効果が得られた。本症例についてはClinical Cancer Researchでも報告をしている。

こうした事例から、リキッドバイオプシーの結果から何らかの治療が開始されることで、腫瘍が変化する可能性があるといえる。

生殖細胞の変異を高確率で見つけられる

リキッドバイオプシーでは、生殖細胞の変異を高確率で検出できる。

吉野氏講演資料(Nakamura Y, Yoshino T, et al. Nat Med 2020より)

たとえば、VAF(variant allele frequency;対立遺伝子頻度)が40%~60%の検体でBRCAの変異を調べたところ、全例で生殖細胞のBRCAに変異があると診断された。VAFと遺伝子の種類の組み合わせによって、生殖細胞の変異がかなりの確率で検出される。

次の治療開発につながる

リキッドバイオプシーの結果が次の治療開発につながる可能性もある。遺伝子を有病率とclonalityで分類すると、ドライバー遺伝子として機能する可能性の高い遺伝子を予測することが可能だ。High clonalityに分類される遺伝子はドライバー遺伝子の可能性が高く、今後の治療開発が期待される。

吉野氏講演資料(Nakamura Y, Yoshino T, et al. Nat Med 2020より)

リキッドバイオプシーが治験に与えた影響

リキッドバイオプシーは組織解析と比較して、検体採取後から結果が出るまでの時間が短いという特徴がある。短期間で検査結果が得られるうえに、解析成功割合は組織解析の精度と遜色ない。

吉野氏講演資料(提供:吉野氏)

組織解析とリキッドバイオプシーを受けた胃がん患者で治験への登録割合を比較したところ、組織解析では登録割合が約4%だったのに対し、リキッドバイオプシーでは約10%という結果が得られた。

組織解析は結果が出るまでに2か月ほど時間を要するため、結果を待っている間に別の治療が開始されてしまう。一方、リキッドバイオプシーであれば1〜2週間で結果が得られるため、患者はスムーズに治験を始められる。リキッドバイオプシーのスピーディーさは、治験にも大きな影響を与えているといえるだろう。

将来的には組織解析とリキッドバイオプシーを使い分け、治療を変えるときにはリキッドバイオプシーでモニタリングし、都度最適な治療は何かをみていくのがベストな方法だと考えられる。

術後再発・術後療法とリキッドバイオプシー

リキッドバイオプシーは、術後再発の予測や術後療法のモニタリングにも活用できる可能性がある。

MRDの検出による再発率や術後療法の効果予測

ctDNAの検出量による再発率や術後療法の効果予測について調査した試験を紹介する。

INSPIRE試験

吉野氏講演資料(提供:吉野氏)

INSPIRE試験では、進行性固形がん患者の術前と術後でctDNA量を測定し、3つの群に分類した。各群にペムブロリツマブを投与して36か月後の生存率を調査したところ、結果は以下のようになった。

・治療によってctDNAがクリアランスされた群:100%

・クリアランスはされていないが、治療前よりctDNAが下がった群:約40%

・治療をしてもctDNAが上がり続けた群:20%未満

術後に検出されたctDNA量の違いにより、術後療法開始後の生存率に差が生まれることが分かった。

臨床試験の後解析

吉野氏講演資料(提供:吉野氏)

術後にアテゾリズマブを投与したところ、免疫療法の効果はctDNA陽性患者だけに認められたことが示されている。ctDNAのクリアランスについては、ctDNA陽性から陰性になるケースが対照群でも4%みられるものの、アテゾリズマブ治療では20%程度まで上昇した。ctDNAがクリアランスされた2割の患者は、陽性のままの患者よりも全生存率(OS)、無病生存率(DFS)ともによいことも示されている。

後解析の結果から、ctDNA陽性患者に関してアテゾリズマブとプラセボを比較する臨床試験が再実施されている。MRD検査によってベネフィットのある患者を見つけ出し、過去にネガティブデータだった試験を新しい臨床試験につなげていくことが可能になってきている。

CIRCULATE-Japan

本試験は結腸・直腸がんを中心に、ctDNAと再発率の関連性を検討した試験である。

吉野氏講演資料(提供:吉野氏 Tie J, et al. Sci Transl Med 2016.Reinert T, et al. JAMA Oncol 2019.より)

結腸がんにおいても、手術後ctDNAが陽性の場合には再発する可能性が高く、陰性の場合はほぼ再発しないことが分かってきた。シスメックス社のPlasma Safe-seqSやナテラ社のSignateraといった技術をみても、ctDNAが陽性か陰性かによってPFSに明らかな差がみられる(ハザード比18、44)。

吉野氏講演資料(提供:吉野氏 Tie J, et al. Sci Transl Med 2016.Reinert T, et al. JAMA Oncol 2019.より)

特に、Signateraの場合はctDNA陽性なら約93%再発しているが、陰性では約3%しか再発していない。術後補助療法を始めるうえで使われているほかのマーカーと比較しても、Signateraのハザード比は圧倒的だ。

吉野氏講演資料(提供:吉野氏)

上記の結果から、MRDが陽性か陰性かによって術後補助療法の強度を変えることが可能となる。たとえばctDNAが術後陰性であれば、弱い術後療法もしくは経過観察のみでよいと考えられ、ctDNAが陽性であればより強度な治療が必要になってくる。

現在Signateraを用いて、根治的外科治療が予定されている大腸がん患者を対象に、それぞれの遺伝子変異を同定して患者個々の遺伝子パネルを作り、2年間、3か月ごとにモニタリングしている。

CIRCULATE-Japanは3つの試験からなる。前向き観察研究であるGALAXY試験を中心に、ctDNAが陰性の場合には化学療法を緩めるVEGA試験と、ctDNA陽性の場合には化学療法を強めるALTAIR試験だ。以下GALAXY試験について解説する。

GALAXY試験

術後1か月、その後は3か月ごとに2年間ctDNAや腫瘍マーカー、CT検査を実施する。将来的にCT検査が不要なことも証明していく予定だ。

この試験では、400人の患者から選ばれた4,425の変異遺伝子のうち、400人の患者のうち4人以上の患者に共通する遺伝子変異はわずか3%であり、1人にしかみられない遺伝子変異が75%を占めた。

術前ctDNAの検出割合は全体の9割以上、stageIでも8割ほど検出される。術後1か月では、患者全体での検出率は2割程度になり、stageが進行するにつれて検出率が上がる。

吉野氏講演資料(提供:吉野氏)

術前のctDNAが陽性か否かまったく生存率に影響せず、術後4週、3か月、6か月の中で1回でも陽性となった場合に生存率が落ち、ハザード比が47となっている。術後6か月のDFSで15%以上の差が出ると分かった。

吉野氏講演資料(提供:吉野氏)

ctDNAをみることで、術後補助療法は、術後1か月陰性、3か月陰性であれば行わず、陰性から陽性に変わったら開始、陽性から陰性になったら治療を止めるという判断ができる。術後3か月陽性が続けば術後補助療法は効いていないと判断し、転移症例としてファーストラインの化学療法に移ることも可能だ。

講演のまとめ

・リキッドバイオプシーの利点

 ・解析結果の速さ

 ・組織解析の必要がなくなる

 ・患部による変異の差異を捉えられる

 ・生殖細胞の変異を予測できる

・リキッドバイオプシーの課題

 ・がん種によっては偽陰性となりやすい

 ・CHIPの問題

 ・融合遺伝子の検出率が低い

・リキッドバイオプシーの可能性

 ・新しい代用エンドポイントとしての価値

 ・薬効や治療効果の予測などのバイオマーカー

 ・ネガティブデータとなった試験を、ctDNAを用いて再検証できる

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