2021年08月19日掲載
医師・歯科医師限定

【第120回皮膚科学会レポート】皮膚からアプローチする腫瘍免疫(3400字)

2021年08月19日掲載
医師・歯科医師限定

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

大塚 篤司先生

徐々に進歩しつつあるが、予後などに関していまだに課題が残るメラノーマ治療。さらなる予後の改善に向けて、多くの医師たちが研究に取り組んでいる。

第120回日本皮膚科学会総会(2021年6月10~13日)で行われた教育講演では、近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授の大塚篤司氏が近年のメラノーマ治療・研究を中心に発表を行った。

分子標的薬・免疫チェックポイント阻害薬によるメラノーマ治療

分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が登場する2014年以前の日本におけるメラノーマ治療では、ダカルバジンをはじめとして、テモゾロミドやパクリタキセル、カルボプラチンなどの殺細胞性抗がん剤が用いられていた。特に進行性メラノーマ治療における選択肢はダカルバジンのみであった。

しかし、分子標的薬と免疫チェックポイント阻害薬の登場以降、メラノーマ治療は大きく進歩したと大塚氏は語る。

メラノーマではさまざまな遺伝子異常が報告されており、その中でも特に重要ながん遺伝子の1つといわれているのがBRAFだ。日本人メラノーマ患者のうちBRAF変異陽性は約30~40%を占めるといわれる。分子標的薬(BRAF阻害薬・MEK阻害薬)はこのBRAF変異陽性患者においてのみ適用となる。

一方で、免疫チェックポイント阻害薬の抗PD-1抗体や抗CTLA-4抗体はBRAF変異の有無にかかわらず使用することが可能だ。これら2つの薬剤はそれぞれ作用機序(作用するポイント)が異なるため、単剤あるいは併用療法を行うというのが現在のメラノーマ治療のメインとなっている。

免疫チェックポイント阻害薬と新型コロナウイルスの関連性

次に大塚氏は、免疫チェックポイント阻害薬投与時の新型コロナウイルス感染症、およびワクチンに関する研究を紹介した。それによると、免疫チェックポイント阻害薬は新型コロナウイルス感染時の重症度に影響は与えないという。

一方でワクチンについては、抗PD-1抗体投与下におけるmRNAワクチン接種後にサイトカイン放出症候群を生じた症例がNature Medicineで発表された。

この症例では、1年半~2年ほど抗PD-1抗体を使用していた担がん患者が抗PD-1抗体投与後にmRNAワクチンを接種したところ、接種から5~6日後に発熱、下痢、倦怠感などの症状を呈した。その際、採血なども実施しCRPやLDHの値の急増、PLTとフェリチンの値の減少を確認。サイトカインによる炎症を疑ったという。その後、ステロイドを1mg/kg点滴投与したところ症状は改善し、ステロイド投与からおよそ2か月後、抗PD-1抗体の投与を再開した。

<がん診断からの臨床経過とサイトカイン放出症候群時の炎症性マーカー>

 

Nat Med. 2021 May 26. doi: 10.1038/s41591-021-01387-6より引用

この症例では、ワクチン接種後に増加していたTh1サイトカインが、ステロイド投与後には減少していた。このことから、当該論文の中ではmRNAワクチン接種後のサイトカイン放出症候群も、適切なステロイド投与によってコントロール可能ではないかと述べられている。

また、ワクチン接種による中和抗体の上昇についても確認されている。しかしながら、ステロイド投与下では中和抗体がやや上昇しにくいという報告もいくつか出てきており、免疫抑制剤を使用している患者では新型コロナウイルス中和抗体産生が進みにくい可能性もある。

大塚氏はこれらの話を踏まえ、以下のようにまとめた。

  • 抗PD-1抗体投与下での新型コロナウイルスワクチン接種後に発熱などの症状が現れた場合、ステロイド投与が望ましい
  • 免疫関連有害事象(irAE)とワクチンによる副作用を区別するために、投与タイミングは1~2週間程度ずらすべきである

抗PD-1抗体 3つの効果予測因子

抗PD-1抗体と新型コロナウイルス感染症の関連性に続いて、大塚氏は抗PD-1抗体の効果予測因子について解説した。

日本人の場合、抗PD-1抗体の効果があるメラノーマは30%程度だという。副作用も多く、重篤な副作用が生じるケースがあることも考慮すると、投与前の治療効果予測が重要となる。現在報告されている抗PD-1抗体3つの効果予測因子を以下に示す。

  1. 腫瘍内CD8+T細胞浸潤
  2. がん細胞遺伝子異常
  3. 腫瘍組織中のPD-L1発現

がん細胞の遺伝子異常が多いほど免疫チェックポイント阻害薬の奏効率が高いため、メラノーマは、非常に効果が高いがん種として知られている。また、抗PD-L1抗体はすでにメルケル細胞がんに対する使用も承認されている。加えて有棘細胞がんにおいても高い奏効率が期待されており、現在、多施設共同研究が進むなど、免疫チェックポイント阻害薬と皮膚がんは非常に相性がよいと大塚氏は語った。

一方で、腫瘍内にT細胞浸潤が認められない状態(Cold tumor)においては、免疫チェックポイント阻害薬の効果が得られにくい。そのため、いかに腫瘍内にT細胞浸潤した状態(Hot tumor)にして免疫チェックポイント阻害薬を使用するかという点に注目が集まっている。

<腫瘍微小環境の種類>

 

Cancer Res. 2015 Jun 1;75(11):2139-45より引用

TIL+の場合がHot tumor、TIL-の場合がCold tumor

BRAF阻害薬とMEK阻害薬併用療法の戦略

BRAF阻害薬とMEK阻害薬の併用療法はメラノーマにおいてはおよそ前述のとおり、日本人メラノーマ患者のうちBRAF変異陽性が約30~40%を占める。一方、海外においてはメラノーマ患者の約50%にBRAF変異があるという。加えて、こうした遺伝子異常は紫外線曝露の程度と相関があり、BRAFの遺伝子変異は非露光部に、NRASやNF1、KITなどの変異は露光部に多い。

<露光部と非露光部におけるメラノーマサブタイプの違い>

 

Nature Reviews Cancer volume 16, pages345-58(2016)より引用

MAPK(マイトジェン活性化プロテインキナーゼ)経路を構成するBRAFは、変異を起こすことによって恒常的に活性化される。するとMAPK経路下流のMEKが活性化し、結果的にがん細胞の異常増殖を引き起こす。そのため、BRAF阻害薬を用いて細胞増殖を抑制することが治療の目的となるが、それだけではいずれCRAFを経由してMEKが活性化されてしまう。そこで、BRAFとMEKをあらかじめブロックするのがこの併用療法の戦略であると大塚氏は解説した。

BRAF阻害薬・MEK阻害薬の併用療法は非常に有効で、メラノーマにおいてはおよそ6~7割の患者に効果があるとされる。具体的な治療効果としては、完全奏功(CR)となった患者における5年生存率は71%にも上るという報告もある。一方で、がんが縮小したのみにとどまる場合の5年生存率は32%、縮小が見られなかった場合の5年生存率は16%と、厳しい結果になっている。大塚氏は「がんがある程度小さくなっただけでは再発する、あるいは耐性ができてしまうというのが、現在の課題である」と述べた。

がん免疫編集説とBRAF阻害薬・MEK阻害薬の可能性

課題は残るものの、CRの患者さんにおける5年生存率が非常に高いことに変わりはない。こうした結果を踏まえ、BRAF阻害薬とMEKは免疫環境に変化を及ぼすのではないかといわれている。がん免疫編集説では、がん細胞と免疫応答について経時的に「排除相」「平衡相」「逃避相」という3相があるとされており、BRAF阻害薬・MEK阻害薬は逃避相から排除相に状態を戻す作用が示唆されているという。

大塚氏は続けて、BRAF阻害薬はメラノーマがん抗原の発現を促進するという報告をいくつか紹介した。具体的には、BRAF阻害薬を用いたところがん抗原であるMART-1、あるいはPD-L1、HLA-DRの発現増加が見られたという報告がそれぞれ存在する。加えて、BRAF阻害薬の使用によってCD8+T細胞の細胞浸潤が促進されるというデータもある。

メラノーマ細胞の休眠状態が再発の原因に

メラノーマの診療をするうえで注意を要するのが、Dormancy、がん細胞の休眠だ。Ki67陰性がん細胞は休眠状態にあるといわれており、メラノーマではこの細胞が多いことが推測される。たとえば脈絡膜メラノーマの場合、治療から10年後や20年後に肝転移が見つかる例がしばしばあるという。こうしたがん細胞の休眠状態は薬剤によって引き起こされている可能性があると大塚氏は解説した。

では、休眠状態のがん細胞は一体どこに隠れているのだろうか。その1つの答えとして、大塚氏は2020年のCell Reportsに掲載された論文を紹介した。この論文では、LDH、S100-βといったメラノーマのマーカーが全て陰性になった状態かつCD31が陽性になると、休眠状態のがん細胞が血管内皮に忍び込むという結果を示している。こうした休眠状態の細胞が手術や薬剤の刺激によってメラノーマ抗原などを復活させ、細胞増殖を起こすことで転移に至るというメカニズムも論文内で検証されているという。

大塚氏はこうした新たな論文を紹介しながら、メラノーマや血管肉腫はいまだに治療が難しいという現実に言及したうえで、今後のさらなる治療法発展に貢献していきたいと力強く語った。

講演のまとめ

  • 2つの免疫チェックポイント阻害薬はそれぞれ作用機序が異なるため、単剤あるいは併用療法を行うのが現在のメラノーマ治療のメインストリームである
  • 免疫チェックポイント阻害薬は新型コロナウイルス感染時の重症度に影響は与えない
  • 抗PD-1抗体投与下におけるmRNAワクチン接種後にサイトカイン放出症候群を生じた症例があるものの、適切なステロイド投与によってコントロール可能である
  • 免疫抑制剤を使用している患者では、新型コロナウイルス中和抗体産生が進みにくい可能性がある
  • 日本人において、抗PD-1抗体の効果があるのは30%程度
  • 現在、抗PD-1抗体の効果予測因子として、腫瘍内CD8+T細胞浸潤、がん細胞遺伝子異常、腫瘍組織中のPD-L1発現の3つが分かっている
  • Cold tumorの場合、免疫チェックポイント阻害薬の効果が得られにくいため、いかにHot tumorの状態にして免疫チェックポイント阻害薬を使用するかという点に注目が集まっている
  • BRAFの遺伝子変異は非露光部に、NRASやNF1、KITなどの変異は露光部に多い
  • メラノーマにおけるBRAF阻害薬・MEK阻害薬の併用療法はおよそ6~7割の患者に効果があるとされる
  • がんがある程度小さくなっただけでは再発する、あるいは耐性ができるという点が現在の課題
  • BRAF阻害薬・MEK阻害薬は逃避相から排除相に状態を戻す作用が示唆されている
  • BRAF阻害薬はメラノーマがん抗原の発現を促進する
  • がん細胞の休眠状態は薬剤によって引き起こされている可能性がある
  • メラノーマ細胞の休眠状態は再発の原因となる

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