2023年01月05日掲載
医師・歯科医師限定

【第84回日本血液学会レポート】COVID-19パンデミックが血液疾患の診断数に与えた影響――持続的減少をきたしたITPと特発性再生不良性貧血(2300字)

2023年01月05日掲載
医師・歯科医師限定

慶應義塾大学医学部 血液内科 専任講師

櫻井 政寿先生

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行・拡大は、COVID-19以外の疾患の診断・治療にも多大な影響を及ぼした。しかし血液疾患に与える影響については未解明のままだった。第84回日本血液学会学術集会(2022年10月14日〜16日)において、慶應義塾大学医学部 血液内科の櫻井 政寿氏は、COVID-19が血液疾患の診断数に及ぼした影響について、自身らが実施した後方視的研究の結果を紹介した。

COVID-19パンデミックによる他疾患への影響

COVID-19パンデミックによる社会的規制(緊急事態宣言発令・外出自粛要請など)は、COVID-19以外の疾患の診断数にも影響を及ぼした。こうして意図せずもたらされた影響のことを「Collateral damage(コラテラル・ダメージ)」と呼ぶ。

COVID-19によるCollateral damageは、疾患ごとに異なる特徴を呈した。たとえば、がんや心疾患、脳血管疾患などの診断数は2020年4~5月の第1波における一時的な減少にとどまったが、インフルエンザやRSウイルス感染症といった一般的な感染症は2020年末まで持続的な減少が続いた。これは、人と人との接触による感染を最小限に抑えるために、人々が自粛行動を続けたためと考えられる。この結果から、疾患の発生率減少の程度と期間を観察することにより、その疾患が感染症に起因しているか否かの知見が得られる可能性が示唆された。

血液疾患には、急速に進行する悪性腫瘍(急性白血病・悪性リンパ腫など)、無症状で偶然診断される疾患(意義不明の単クローン性免疫グロブリン血症<MGUS>など)、感染症が誘因となる疾患(特発性血小板減少性紫斑病<ITP>など)といった多様な病態を示す疾患が含まれるが、COVID-19が血液疾患の診断数に及ぼす影響についてはほとんど知られていない。そこで我々は日本血液学会が主導する疫学調査「血液疾患登録」のデータベースを用いて後方視的研究を実施した。

COVID-19が血液疾患の診断数に及ぼした影響の解明

解析対象と全体の減少率

日本でCOVID-19の流行が始まった2020年と流行以前の2019年における血液疾患の新規診断症例数を比較し減少率を算出した。全267疾患のうち主要疾患を9疾患のカテゴリーに分けて解析を行った(下図)。

櫻井氏講演資料(提供:櫻井氏)

解析対象となった症例数は全85,827例(2019年43,397例、2020年42,430例)で、両年とも400以上の施設から登録があった。いずれの年も患者の年齢中央値は71歳、もっとも多くみられた疾患は中~高悪性度リンパ腫であり、次いで多かったのは低悪性度リンパ腫であった。

全登録症例における診断数の減少率を算出したところ、2020年4〜5月(第1波)は前年同月比で15%減少、6〜7月(第2波)は10%減少、11〜12月(第3波)は7%減少していた。つまり、COVID-19の流行の波に合わせて血液疾患の発生率も有意に減少するものの、その程度は時間がたつにつれて徐々に小さくなっていくことが示唆された。

多くの血液疾患は一時的に減少

疾患カテゴリー別に見てみると、急性白血病、中高悪性度リンパ腫、形質細胞腫瘍といった比較的急速に進行する疾患については、年間を通じて有意な減少はみられなかった。一方、低悪性度リンパ腫では、2020年6〜7月に15%の統計学的に有意な減少がみられたものの、一時的な減少にとどまっている。

骨髄異形成症候群と骨髄増殖性腫瘍は2020年4〜5月にそれぞれ26%減少、17%減少と統計学的に有意な減少がみられた。そしてそのほとんどをMGUSが占める前悪性モノクローナルB細胞疾患(Pre-malignant monoclonal B-cell disorders)は2020年4〜5月に41%の大きな減少がみられ、半年間有意な減少が続いたが、年末には診断数は回復した。

長期にわたり減少が続いたITPと特発性再生不良性貧血

もっとも興味深い傾向を示したのがITPと特発性再生不良性貧血だ。ITPは2020年4〜5月に25%ほどの減少率を示し、以降年末まで17〜25%の減少が続いた。特発性再生不良性貧血は2020年4〜5月には有意な減少はみられなかったものの、7〜8月以降に有意な減少を示し、10〜11月には36%の減少率にまで達し、年末まで回復しなかった。この傾向は両疾患とも特に重症例で顕著であり、軽症例では統計学的に有意な減少は認められていない。

注目すべきは、ITPと特発性再生不良性貧血においては、インフルエンザなどの一般的な感染症と同じく「持続的な減少」がみられたことだ。この減少は既知のリスクファクターでは説明できず、これらの疾患のうち一定の割合が感染性病原体に起因していることが示唆される。

また、ITPがCOVID-19流行初期に速やかに減少しているのに対し、特発性再生不良性貧血は遅れて減少が始まっている。これは、引き金となる感染症と特発性再生不良性貧血の発症の間に、一定の間隔がある可能性を示唆している。この知見は、特発性再生不良性貧血においてウイルス感染症が異常な免疫反応を引き起こし、造血幹細胞を破壊する細胞傷害性T細胞のオリゴクローナルな増殖を誘発するという病態仮説を支持すると考えている。

講演のまとめ

  • COVID-19パンデミックに伴い、ほとんどの血液疾患は一時的に減少した
  • ITPと特発性再生不良性貧血はCOVID-19第1波後に持続的な減少を示した
  • ITPと特発性再生不良性貧血の持続的な減少は、既知のリスクファクターでは説明できず、感染性病原体が原因であることが示唆された
  • 今後、ITPと特発性再生不良性貧血に起因する病原体を特定することで、新規治療開発につながる可能性がある

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