2022年09月27日掲載
医師・歯科医師限定

【第19回日本臨床腫瘍学会レポート】多職種による就労支援の体制づくり――がん薬物療法専門医の視点から(2900字)

2022年09月27日掲載
医師・歯科医師限定

神奈川県立循環器呼吸器病センター 呼吸器内科 臨床研究室 医長

池田 慧先生

免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬の進歩・普及に伴い、進行肺がんの治療成績は向上している。予後が改善するなかで、治療中に不具合を抱えながら長期間生活しなければならない患者が増えてきているのも現状だ。そこで、患者の生活に目を向けた就労支援が求められる。神奈川県立循環器呼吸器病センター 呼吸器内科 臨床研究室 医長の池田 慧氏は、第19回日本臨床腫瘍学会学術集会(2022年2月17日~19日)で行われたシンポジウムの中で、自院で実践している就労支援の工夫をがん薬物療法医の観点から解説した。

がん患者の就労状況と“びっくり離職”の現状

2019年に日本肺癌学会が実施した『肺癌治療と就労の両立に関するアンケート』によると、「治療前に仕事に関する話し合いはあったか」との問いに対し、「就労状況や希望について医療者と話し合ったことはない」と回答した患者は42.9%に上った(下図A・黄色箇所)。患者の就労状況や仕事の希望について医療者が聞き取れているケースは、まれであることが推測される。

Ikeda S,et al.Cancer Med. 2020 Sep;9(17):6186-6195.より引用(日本語版:Japanese Journal of Lung Cancer-Vol 60, No 4, Aug 20, 2020

また、がん患者が離職するタイミングについて調査したアンケートによると、がん診断時に就労中だった患者の21%が退職を選択していることが分かった。さらに退職した患者のうち、41%は診断確定時から治療導入前までに離職した、いわゆる“びっくり離職”であったことも明らかになった。

“びっくり離職”を防ぐには、インフォームドコンセントから治療開始までの間に、仕事に関してできる限り早期の段階で話し合うことが大切だ。そしてこれは、医師や看護師の重大な役割といえるだろう。

“びっくり離職”の予防に関する当院での工夫

“びっくり離職”を予防するための手がかりとして、医師や看護師が患者の就労状況を把握することが大切だ。そのために当院で工夫していることが3つある。

1. 初診時の問診票に、仕事に関して記載する欄を設ける

 ・就業状況(有/無)

 ・勤務形態(フルタイム/パートタイム/休職中など)

 ・業務内容(自由記載)

 ・通勤方法(電車/バス/自家用車など)

 ・就労支援の希望有無(有/無)

 ・就労への思い(自由記載)

2. 就労支援の希望がある患者については医師に申し送りをする

3. 電子カルテ上に問診票の情報を記載する

患者に対して仕事の話題を切り出すのは、ハードルが高いと感じている医療者も多いだろう。しかし、問診票で得た情報をもとに「お仕事は何をされていますか?」と聞くだけでも、十分だ。今の仕事をやめないよう声かけできればなおよい。

一度退職してしまうと元の職場に戻るのは難しく、また再就職も困難になる。できる限り早い段階で仕事に関して相談しやすい雰囲気をつくり、“びっくり離職”の防止につなげることが大切である。

就労の専門家につなぎ、多職種で患者を支える工夫

就労の専門家と患者をつなぐ

現状の問題として、患者が持っている就労支援のニーズに気付けない、あるいは気付いていてもスルーしてしまい就労の専門家と患者をつなげられないことが挙げられる。その原因になりやすいのは、医師の時間や知識不足だ。

治療と就労の両立支援に対する医師や看護師の知識や意識を、急に高めることは難しい。しかし、がん相談支援センターやがん専門相談員などの地域資源に患者をつなぐことは、すぐにできることとして意識する必要がある。

患者を専門相談員につなぐためには、医療者側からの働きかけだけでなく、患者自身が「仕事について医師や看護師に相談してもいいんだ」と気付くことも大切だ。当センターでは、院内掲示板にポスターを貼ったり、外来スペースのテレビ画面に提示したりすることで、患者に気付きを与えられるよう工夫している。

病院と患者の職場をつなぐ

就労の専門家と患者をつないだ後のステップとして、病院と患者の職場をつないでスムーズに情報をやり取りすることが重要だ。病院と患者の職場間で円滑に連携するには、院内での就労支援体制を整えておく必要がある。

就労支援体制づくりには「療養・就労両立支援指導料」を生かすべきだと考える。具体的な方法として推奨したいのが、院内で就労支援チームを立ち上げることだ。医師や看護師だけでなく、薬剤師や理学療法士、ソーシャルワーカー、医事課職員も巻き込んで役割分担するとよいだろう。スムーズに役割分担を進めるためには、就労支援チーム立ち上げの検討段階から多職種で話し合うことが重要だ。

療養・就労両立支援指導料を算定するために、当院では以下のように工夫している。

  • 院内フローは、医師の自主性に期待しなくともカバーできる体制を整備する
  • 就労支援を受けるうえで患者自身がやるべきことについて、流れを整理し書面で渡す


病院と患者の職場をつなぐにあたって必要な主治医意見書については、施設ごとにフォームを作るとよい。フォームを作成する際は、必須項目(身体状況や就労能力など)を記載する欄をきちんと盛り込む必要がある。さらには、自由記載にありがちな医師の断定的表現を避け、会社側に一定の裁量を残すこともポイントだ。

池田氏講演資料(提供:池田氏)

仕事や生活を意識した治療選択とマネージメント

冒頭で紹介した2019年に日本肺癌学会が実施したアンケート調査において「薬物療法と就労の両立における問題点は何か」と質問したところ、回答した患者の52.3%が「治療の副作用や病気に伴う身体的な不調」を挙げた。

がん治療の進歩は目覚ましく、現在は1つのがんに対して複数の治療選択肢が存在する。各治療法の有効性を直接比較した臨床試験は少ないため優劣はつけがたいが、有害事象の頻度や重症度、投与スケジュールは各治療法によって明確に異なる。

また、治療選択肢が複数あるにもかかわらず、実際に複数の治療選択肢を提示された患者は半分以下という調査結果もある。仕事内容や生活環境によって避けたい副作用は異なるため、患者個々人の仕事や生活を意識したレジメン選択が必要だ。

池田氏講演資料(提供:池田氏)

併せて、医師や看護師、薬剤師が連携して副作用マネージメントを実施することも大切である。単に薬剤の有効性や毒性を評価するだけでなく、Patient Reported Outcome(PRO:患者報告アウトカム)のデータも踏まえて治療を選択する必要が出てくるだろう。

講演のまとめ

  • 初期から患者の就労状況を把握して医療者側から仕事の話題を切り出すことで、“びっくり離職”の予防と相談しやすい雰囲気づくりをすることが求められる
  • 院内外のスムーズな連携のため、就労支援チームの立ち上げと体制の構築が肝要である
  • 患者の仕事や生活を意識した治療選択と、多職種連携による適切な副作用マネージメントが必要である

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