2023年04月05日掲載
医師・歯科医師限定

総会長 相原一・東京大教授に聞く第127回眼科学会総会のみどころ―養老孟司氏講演など「横断的企画」も

2023年04月05日掲載
医師・歯科医師限定

東京大学医学部眼科学教室教授

相原 一先生

「『みる』を究める」をテーマに、127回日本眼科学会学術総会2023469日、東京都千代田区の東京国際フォーラムで開かれる。総会では養老孟司・東京大学名誉教授の招待講演や五感の科学など眼科分野にとどまらない横断的な企画も用意されている。総会長を務める相原一・東京大学医学部眼科学教室教授に、総会テーマに込めた思いや見どころ、眼科学が抱える問題点などについて聞いた。

「みる」をひらがなにしたわけは

総会のテーマは「『みる』を究める」だ。みることは非常に大切で、私たちの多くは視覚に頼って生活している。我々眼科学会員は「みる」の根源である視機能の基礎と臨床に携わり、その仕事を通して「みる」ことの大切さを皆に伝え、そしてそれを守る立場にある。眼科医療、眼科研究を通じて、グローバルかつダイバーシティに富んだバランスのよい「もののみかた」を続け、患者、社会に末永く貢献できるように、そしてそれを伝えていけるように、学会に参加して考えてもらいたいと考えてコンセプトを策定した。

「みる」はわざとひらがなにしている。ポスターには6つの漢字が並んでおり、そのいずれも「みる」という意味があるが、みる主体とその対象との関係性はそれぞれ異なる。

  • 「視る」生きていくために必要な「みる」=健康を表す
  • 「見る」意識的に自ら判断する「みる」=教育・知識・学習力
  • 「観る」疑問をもって「みる」=探究心・創造力
  • 「診る」医者として「みる」=医術
  • 「看る」患者の立場、意向に沿って「みる」=人間性・共感・看護
  • 「覧る」広い視野視点でものごと「みる」=組織・社会性・国際性

――といったように、概念的な側面から科学的、社会的な面までさまざまな意味がある。これらをバランスよく含んだ学会運営をしようと、各演題もさまざまな「みかた」に基づいた内容になっている。

3つの「横断的企画」通じ縦割り脱却を

総会のポスターには、虫のシルエットが2つある。私は子どものころから虫好きで、「観察」が大切だと思っていた。社会生活を通じていろいろなものをみることは仕事にも関係する。虫のシルエットは、目先の狭い視野だけで過ごさず広い視野を保ってほしいというメッセージだ。今の若い人は、視力はあるけれど見る力が弱いので、これを強調したい。

127回日本眼科学会学術総会のポスター

シルエットのうち1つは私が好きな蝶、もう1つは虫好きで知られる解剖学の養老孟司・東京大学名誉教授が“専門”とするゾウムシだ。学生時代、養老氏に解剖学を習い、虫の話で盛り上がったこともある。今は私が養老氏の目の主治医という縁もあり、会長が選ぶ招待講演をお願いしたところ快諾していただいた。「視るということ」というテーマ、鋭い切り口によって我々の対象である「みる」ことの意味と重要性についてお話しいただき、いろいろなインスピレーションやモチベーションを得てほしいと思っている。

養老氏の講演に代表される「みることの大切さ」に加えて「五感の科学最前線」「脂質から見た研究」の3つが、私が総会長としてやりたかった横断的な企画だ。

ヒトは情報入力の8割を視覚から得ているとされるが、聴覚、嗅覚、触覚、味覚を加えた五感がそろってこそ、豊かな情報が得られることは間違いない。耳鼻咽喉科など各感覚の専門家に登場してもらい、目との関連について各分野の専門的な話題を紹介してもらう予定だ。特に基礎医学系の研究で横断的なトピックはこれまでも企画されていたが、感覚器だけというのは恐らく今回が初めてだと思う。ほかの感覚の話題を学べることは、眼科の重要性を再認識し、他科との連携および研究推進にとても重要だと考える。

私は大学院の時に基礎医学の生化学の研究室に所属して脂質生化学を学び、おかげで基礎の研究が培われた。脂質は生体の細胞膜の構成成分であり、さまざまな脂質メディエーターを通じて我々の組織の機能が維持され、また疾患病態にも関連していることが分かっている。脂質はタンパク質と異なり遺伝子にコードされていないのでとっつきにくい分野だが、とても重要であることを会員の皆さんに認識してもらいたいと、脂質に関する企画を立てた。

これらを通じて、どうしても縦割りになりがちな眼科領域を横断的につなげていきたい。

 眼科学が抱える課題

成長の過程で視機能が発達したのちに低下し失明するのは、緑内障、網膜色素変性症、加齢黄斑変性、糖尿病網膜症が4大原因となっていて、今のところいずれも根本的な治療法がない。また、視機能発達の過程で起こってしまう近視をいかに抑制するかも課題だ。

さらなる研究をしなければいけないのだが、日本では眼科の基礎研究に取り組む医師が減り、慢性の進行性疾患についての基礎研究が非常に衰えている。地道に底上げをしていくことが、現在の眼科学の課題だ。

ただ、目というのは実は非常に研究をしにくい臓器でもある。少しでも傷つけると視機能全体が落ちてしまうため、目に病気が見つかっても組織を採取して病理をみることが難しい。画像検査にも限界があり、この問題を打破するブレークスルーが必要だ。

日本の眼科の研究者は、今まではアジアの中ではトップクラスだったが、ほかの国がどんどん追いついてきている。そうした中で、欧米との連携を強めて存在感を維持し、国内だけに閉じこもっているのではなくグローバル化に向けて外に出ていかなければ、アジアからも置いて行かれるのではないかと懸念している。

実は、日本以外では眼科医のステータスは非常に高い。アジア各国では、医師免許を取ってどの分野に進むかを自由に選べるわけではなく、人数の枠が決まっている。眼科は医師のQOLが高いこともあって人気があるため、おのずと優秀な人が集まってくるのが現状だ。対して日本は、ステータス、人気の面で諸外国ほど高くはなく、アカデミアで活躍している人も少ない。

ダイバーシティやグローバル化を進める中で女性も活躍できる環境を整え、優秀な女性医師を研究者としてアカデミアに残せるようにしていくことも、これからの課題であろう。

若手の“みる力”衰えに危機感

テーマについての話で触れたように、私は生物が大好きで小さいころから顕微鏡をのぞいたりして楽しんでいた。視覚に頼った趣味があることに加え、手先が器用だったことや、頭頸部神経が好きでマイクロサージェリーをやりたいと思って進路を考えた。感覚器の研究や治療をして、高齢者のQOLを保つことは大切なことだと思えるようになった。患者の視機能が維持でき、生活できているのを目の当たりにするとうれしいし、治療効果が他人から見ても分かるのが眼科の特徴でもあり、やりがいでもある。

今の若い人は、残念ながらものをみる力が衰えていると感じる。視力検査の数字ではなく“みえていない”ということだ。コミュニケーション能力や他人の顔色をみる目といった、人をみる能力が非常に低く、観察力、探求心も足りない。高校までの教育も関係しているのだろうが、経験値が浅い。

若い人には視野を広げていろいろなものをみて、感じてほしいというのが私の願いだ。生き物を相手に何かする能力がかなり衰えているが、それがなければ眼科に限らず医療はできない。

そうした意味も、今回の総会テーマに込めている。

女性や地方の医師にも配慮しハイブリッド開催

ダイバーシティ、グローバル化が進む社会の中で、学会もさまざまな人が参加できるような運営が今後、求められるであろう。また、サステナブルな運営も必要だ。

コロナ禍が明けたことから今回は基本として対面での学会だが、これまでの学会運営で培ったノウハウを事務局と吟味した。全てハイブリッドだとお金がかかってしまうので予算も鑑み、ハイブリッドで1か所ライブ配信し、それ以外は現地開催とした。後日オンデマンド配信も実施する。眼科医の45割を占める女性や地方の開業医で、どうしてもフルに参加できない方でも参加できるようにハイブリッドにした。全国どこからでも海外からでも、ゆっくり繰り返して視聴できるのでオンデマンド配信のニーズは高く、今後も重要な学会参加の方法となるであろう。

一方、オンデマンドでは十分な討論ができないため、原則対面で、一般講演、学術展示ともに講演と討論時間を設けた。また、サステナブルを意識して、なるべく紙媒体を使わないよう、ポスターやパネル、スペースを無駄にしないようe-posterを使用している。

新型コロナウイルス感染症の拡大から3年半近くがたち、やっと出口が見えてきた今回の総会で、医療関係者には対面のディスカッションで盛り上がり、コミュニケーションの大切さを再認識し、最新トピックを知っていただきたいと、切に願っている。特に学会のテーマである「みる」ということを医療従事者も再認識し、それを社会に還元できるよう多くの新しい知識を知っていただきたい。

今回このような機会を得られたのは私の力だけでなく、プログラムを組んでくれた先生方はもちろん、今まで我々に教えてくれた諸先輩がいたからこそであることに感謝して、この会を運営したいと思っている。

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