2023年02月02日掲載
医師・歯科医師限定

【第55回日本てんかん学会レポート】 国内初・大学病院てんかん科の挑戦―11年間の足跡(2000字)

2023年02月02日掲載
医師・歯科医師限定

東北大学大学院医学系研究科 てんかん学分野 教授

中里 信和先生

国内の大学病院では初となる「てんかん科」が2010年3月に東北大学病院に設立された。設立当初より教授を務める中里 信和氏は、“ファーストペンギン(群れの中から天敵がいる海に最初に飛び込む果敢なペンギン)”のごとく、これまでの11年間、多くのことに挑戦してきた。本記事では、第55回日本てんかん学会学術集会(2022年9月20日~22日)のシンポジウム「医療における危機と再生」における中里氏の講演のうち、東北大学病院てんかん科における11年間の取り組みに関する内容を紹介する。

大学病院てんかん科のはじまり

医師として目の前の患者を幸せにするのは当然のことだが、自身の半径10m以内のことを考えているだけではいけない――。本日、司会を務める東北大学 脳神経外科 の冨永 悌二教授が常々言っている言葉である。医師は、ある程度の立場になれば、目の前の患者や部下のことだけでなく、国全体の医療制度や仕組みを変えるという発想が必要だと私も考えている。大学病院の存在はそのためある。てんかん科の創設にあたり、世の中のために必要なことを“ファーストペンギン”としてチャンレンジしようと考えた理由である。

2010年3月、東北大学病院にてんかん科が新設された当時は、設備も資金も人材もないという状況であった。しかし「てんかん」の看板を掲げることだけでも、周囲に対しての大きな反響があった。これをきっかけにして応援してくれる人たちが、次々に集まってくれたのだ。設立した年には長時間ビデオ脳波モニタリングを4台設置し、脳波専門の臨床検査技師が雇用され、クリニカルパスを厳密に設定した2週間入院が開始された。退院した患者について討論する症例検討会も定期的に開催され、院外からも多くの参加者が集まった。また企業と協力して、てんかん発作を役者が演ずるビデオを制作することができた。このビデオは国内外において現在も広く活用されている。

中里氏講演資料(提供:中里氏)

東日本大震災の発生――安心を届ける取り組み、遠隔医療の拡充

てんかん科設立のちょうど翌年、東日本大震災が発生した。我々は3日目から14日目まで、てんかん診療に関連する被災地の様子についてメールマガジンを通じて全国の医療関係者に発信しつづけた。日本てんかん学会有志が届けてくれた抗てんかん薬を、スタッフで手分けして被災地に配布する活動も実施した。

また震災から3か月程度経つと、不安を抱えている患者が多数いることを知った。不要な心配を取り除く啓発活動として、ラジオ番組「知って安心、てんかん」(FM仙台)を開始した。

さらに、震災から1年後の2012年、被災地の気仙沼地域を支援するため、遠隔てんかん外来を開始した。これは現在、厚生労働省の評価を受けて診療報酬点数の付く「遠隔連携診療」に発展するとともに、自由診療だが患者がアプリで専門医に相談できるオンラインセカンドオピニオンにも発展した。

オンライン診療は、遠隔てんかん症例検討会にも発展した。2012年には全国の医療施設を結んで医療者の教育の場が形成され現在に至る。この会議はさらにアジアを中心とした海外にまで拡大され、これを通じてインドネシアに向けた遠隔てんかん講義も開催されている。

世界初・頭皮密着型の脳磁計の開発に成功

研究面では、東北大学工学部と共同で、世界初となる頭皮密着型の脳磁計を開発し、2022年に論文発表した。従来、脳磁場は液体ヘリウムによる冷却が必要な大型装置でなければ測定できなかったが、我々はTMR(トンネル磁気抵抗効果)密着型センサを利用し、体性感覚誘発磁界の計測に成功した。将来的には、どこで何をしていても脳磁図が計測できるような夢の時代が来ることを期待している。

心理社会評価を用いたてんかん診療

てんかんによる生活の質(QOL)の低下は、発作だけでなく、発作以外の問題、すなわち高次認知機能障害、対人関係構築の難しさ、抑うつ、不安、セルフスティグマなど複数の要因によって引き起こされる。先述した脳磁図検査などの物理学を駆使する研究も重要だが、心理学的な側面から患者を診ることも非常に重要だ。てんかん科のスローガンは「物理から心理まで」となっている。

2013年、米国でリハビリテーション心理学博士を取得したばかりの藤川 真由氏を帰国させて助教として迎え入れ、心理社会評価を通じた患者のQOL向上に取り組んでいる。心理職の参加は、医師の診療の姿勢にも大きな影響を及ぼし、2022年からはオンライン心理面談を開始した。現在、公認心理師制度が発足し数年が経過したが、てんかん診療における診療報酬点数がゼロであるのは大きな問題となっている。これを打開するために、今後さらなるエビデンスを積み重ねて、診療報酬に結びつける必要がある。

てんかん診療における診療報酬面の課題

診療報酬については、公認心理師の問題だけではない。東北大学病院にてんかん科が設立された当時、ある知人の医師から「いくら理想を語ってもてんかん診療では儲からない」「てんかん診療は嫌いな医師が多いので、代わりに診てくれるのは有り難い」と言われてショックを受けたことが忘れられない。てんかん診療に対する診療報酬が、実態に見合っていないことの表れだからだ。てんかん科発足後の11年の間に、てんかん診療に関わる診療報酬点数の新設や増点をいくつか実現してきたが、いまだに課題も多いと感じている。今回の日本てんかん学会のテーマを「夢と理想の実現」としたのは、患者の目線に立って、てんかん診療における危機意識を学会会員諸氏に持ってもらいたいと考えたからだ。

講演のまとめ

  • てんかん科は国内の大学病院では初であり、夢と理想を実現すべく新たなことへの挑戦が必要と考え続けた10年であった。
  • 「物理から心理まで」というスローガンのもと、東北大学工学部と共同研究(世界初との頭皮密着型脳磁計の開発)や、公認心理師によるオンライン心理面接を実施している。心理社会評価や遠隔診療など、てんかん診療の理想を実現する手段はあるが、それに見合った診療報酬が得られないため制度改定に向けた努力も行っている。

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