2022年12月13日掲載
医師・歯科医師限定

【第81回日本癌学会レポート】HPVワクチン積極的勧奨再開・キャッチアップ接種で子宮頸がんリスクはどう変わるか――大阪大学のシミュレーション結果、今後の研究計画(4500字)

2022年12月13日掲載
医師・歯科医師限定

大阪大学大学院医学系研究科 産科学婦人科学教室 講師

上田 豊先生

約9年間にわたり差し控えられていたHPVワクチンの積極的勧奨が2022年4月にようやく再開され、同時にキャッチアップ接種(積極的勧奨の差し控えにより接種機会を逃した女性を対象とする接種)も開始された。生まれ年度によるHPVワクチン接種環境の違いは、子宮頸がん罹患・死亡リスクにどのような影響を及ぼすのだろうか。上田 豊氏(大阪大学大学院医学系研究科 産科学婦人科学教室 講師)は、第81回日本癌学会学術総会(2022年9月29日~10月1日)において、生まれ年度によるワクチン接種率やHPV感染率、細胞診異常率、子宮頸がん罹患・死亡リスクのシミュレーション結果を解説し、今後の研究計画について紹介した。

80%近くあった接種率が1%に――生まれ年度によるHPVワクチン接種率の差

1970年代後半から減少傾向だった国内の子宮頸がん罹患率は、2000年頃から一転して増加傾向に転じていることが大阪大学の調査で示されている。2010年度からHPVワクチンの公費助成が導入され、2013年4月から定期接種が開始されたが、そのわずか2か月後に積極的な接種勧奨が差し控えられることとなった。ワクチン接種後の副反応に関する報道が過熱したためだ。そのため、1994~1999年度生まれの女子は8割近くがワクチンを接種しているが、2000年度以降の生まれではほとんどが未接種という状況に陥った。

上田氏講演資料(提供:上田氏)/出典:Nakagawa S,et al. Cancer Sci. 2020 Jun;111(6):2156-2162.

HPV感染リスク上昇、2005年度生まれまで続く可能性

我々は、生まれ年度によるHPVワクチン接種率の違いが及ぼす影響を明らかにするため、20歳時点のHPV-16・18感染リスクについて検討した。具体的には(1)HPV感染リスクはワクチン未接種状態での性交渉経験の有無と相関する(2)ワクチン接種と性活動性は互いに独立する――などの仮定に基づき、シミュレーションを行った。

その結果、ワクチン導入前世代である1993年度生まれと比較し、ワクチン接種世代の1994~1999年度生まれでは、HPV-16・18感染の相対リスク低下を認めた。一方、2000年度以降の生まれのワクチン接種停止世代では、1993年度生まれと同等まで相対リスクが上昇する結果が得られた。ワクチン接種の積極的勧奨の再開は2022年度であることから、2005年度生まれまではHPV感染の相対リスクが高くなると考えられる。

上田氏講演資料(提供:上田氏)/出典:Tanaka Y,et al. Lancet Oncol. 2016 Jul;17(7):868-869.

積極的勧奨の差し控えで子宮頸がん罹患・死亡リスクは上昇

次に我々は、20歳時点の子宮頸がん検診における細胞診異常率の経年変化について調査を行った。その結果、細胞診異常率は経年的な増加傾向を示すものの、ワクチン接種世代である1994年度以降の生まれでは、1993年度以前の生まれの導入前世代から予測される率より低下し、かつ増加傾向も鈍化していた。一方、ワクチン接種停止世代の2000年度生まれでは細胞診異常率が上昇する結果を認めた。ワクチン接種停止の弊害が現実となっていることが示された。

上田氏講演資料(提供:上田氏)/出典:Yagi A,et al. Lancet Reg Health West Pac. 2021 Dec 13;18:100327.

 HPVワクチン接種世代/停止世代における細胞診異常率の差は1%ほどであったが、その差がもたらす臨床的なインパクトは大きい。我々が実施した積極的勧奨差し控えによる生涯の子宮頸がん罹患・死亡リスクに関する予測シミュレーションでは、2000年度以降の生まれの子宮頸がん罹患・死亡の相対リスク上昇が示された。すなわち、2000~2005年度生まれの女性では、罹患者数が約27,000人、死亡者数が約6,600人増加することが推計されたのだ(下図)。

上田氏講演資料(提供:上田氏)/出典:Yagi A,et al. Sci Rep. 2020 Sep 29;10(1):15945.

積極的勧奨再開・キャッチアップ接種がもたらす変化

2020年度になり、ようやくHPVワクチンの個別案内が2004年度以降の生まれの女子を対象に開始された。その翌年2021年11月には、積極的勧奨の再開とキャッチアップ接種の開始が決定し、2022年4月から開始されている。

こうした状況の変化に伴い、HPVワクチン接種率と子宮頸がん罹患・死亡リスクはどう変わるのだろうか。我々のシミュレーション結果を紹介する。

30%が「接種する」と回答――HPVワクチン接種率の変化

まず、個別案内による接種率の変化について大阪府下自治体データなどから推算したところ、2022年度も積極的勧奨再開・キャッチアップ接種が行われず、個別案内のみが継続されていた場合、2004年度生まれの接種率は10.1%、2005年度生まれが14.8%と徐々に増加し、2008年度以降の生まれでは19.5%程度に至ることが予測された。

また、積極的勧奨再開後の定期接種の意向についてインターネットで接種意向の調査を行ったところ、「接種する」と回答した割合は約30%であった。キャッチアップ接種についても同等の結果だった。

初年度の集中接種で子宮頸がん罹患・死亡リスクは大きく低減

個別案内を受けた2004年度以降の生まれの子宮頸がん罹患・死亡の相対リスクについては、1993年度生まれと比較してやや低下すると予測された。定期接種・キャッチアップ接種が3年間均等に行われて累積接種率が30%になると仮定すると、個別案内のみの場合より一定のリスク低下が得られるが、その実施を開始初年の2022年度に集中させることでリスク低下が強化されるという結果が認められた。

上田氏講演資料(提供:上田氏)/出典:Yagi A,et al. Vaccines (Basel). 2022 Sep 2;10(9):1455.

もし個別案内のみでキャッチアップ接種が実施されなかった場合、ワクチン停止世代の子宮頸がん超過罹患者数は24,518人、超過死亡者数は6,523人に上る。しかし、個別案内に加えてキャッチアップ接種が行われ、その接種率が初年度に30%に達すれば、超過罹患者数は15,444人、超過死亡者数は4,109人にまで減少すると推計される。

上田氏講演資料(提供:上田氏)/出典:Yagi A,et al. Vaccines (Basel). 2022 Sep 2;10(9):1455.

また本シミュレーションでは、定期接種再開・キャッチアップ接種開始でワクチン接種世代と同程度まで相対リスクを低減させるためには、初年度の接種率を90%まで高める必要があると推定された。しかし、インターネット調査で接種の意向を示したのが約30%であり、達成は現実的ではない。そのため接種率の向上を図ることに加え、子宮頸がん検診の受診勧奨を強化する必要があるだろう。

実態調査――子宮頸がん罹患・死亡率の実測値に関する研究計画

我々は上述した予測シミュレーションを行うとともに、子宮頸がん罹患・死亡率の実態も明らかにすべく、がん登録のシステムを利用した研究を進めている。具体的には、1991年度~2002年度生まれの女子を対象とし、25歳、30歳、35歳時点における子宮頸がんの累積罹患率・累積死亡率に関する調査研究を開始している。

本研究は、調査(A)と調査(B)の2つに分けて実施する。調査(A)では、対象者を「ワクチン導入前世代」「ワクチン接種世代」「ワクチン停止世代」に3分類して比較し、ワクチン導入の効果、停止の弊害について検討する。

調査(B)は当初、対象者をワクチン接種者と非接種者に分類してワクチンの有効性について検討する予定だったが、キャッチアップ接種が開始したため、「公費助成・定期接種による接種者」「キャッチアップ接種者」「非接種者」の3群比較に変更した。

解析は2002年度生まれの女子が35歳に達する2037年度まで実施予定である。HPVワクチンの接種歴を紐づけした対象者リストを作成し、都道府県のがん登録センター・国立がん研究センターに申請する。そこで得られた都道府県がん登録データ・全国がん登録データを活用し、がん罹患者・がん死亡者についてデータ収集する。

9価ワクチン、男子接種――積極的勧奨再開後も残る課題

HPVワクチン積極的勧奨の再開・キャッチアップ接種の開始後も、子宮頸がん排除のためにはまだ課題が残っている。9価ワクチンの定期接種への導入、男子の定期接種化、子宮頸がん検診の受診勧奨強化、ワクチンの再普及などだ。HPVワクチンの再普及と子宮頸がん検診の促進により、子宮頸がんのない世界を実現させたい。

講演のまとめ

  • 日本では子宮頸がんが急増に転じており、HPVワクチンによる予防に期待がかかる
  • HPVワクチンの積極的勧奨差し控えによって接種を見送った女性において、子宮頸部細胞診の異常率が上昇し始めている
  • 積極的勧奨の再開やキャッチアップ接種の実効性を高めるためには、2022年度の接種率を高めることが強く求められる
  • キャッチアップ接種の対象者には子宮頸がん検診の受診勧奨の強化も必要である
  • 子宮頸がん排除のため、9価ワクチンの定期接種への導入や、男子の定期接種化も図る必要がある

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