2023年07月26日掲載
医師・歯科医師限定

日本産科婦人科学会前理事長・木村 正氏に聞く、産婦人科の魅力や課題――「働き方改革」で周産期医療体制はどうなる

2023年07月26日掲載
医師・歯科医師限定

大阪大学大学院医学系研究科・医学部 器官制御外科学講座 産科学婦人科学 教授

木村 正先生

「生命の誕生」に関わる周産期・生殖医療をはじめ、婦人科腫瘍や女性のヘルスケアなど幅広い領域を担う産婦人科。「多様な経験ができる魅力ある診療科」と語るのは、2023年6月まで4年にわたり日本産科婦人科学会 第5代理事長を務めた木村 正氏(大阪大学大学院医学系研究科・医学部 器官制御外科学講座 産科学婦人科学 教授)。当学会では若手教育も盛んに行われており、有志の若手医師による「若手委員会」の活動も他学会にはない特徴だ。産婦人科領域の魅力や学会が抱える課題、さらには4年間の振り返り、未来につなげたい思いについて、木村氏に聞いた。

産婦人科学会の課題――「最終決定権を持ってはならない」

東京都は今年、健康な女性が行う卵子凍結(社会的卵子凍結)に対する費用の助成案を発表した。社会的卵子凍結自体は、妊娠可能性を残すためのよい選択肢ではあるが、助成金を給付することに対して私は懸念を抱いている。「卵子売買」のために、給付金を利用して卵子を凍結する人が現れないだろうか。高いお金を払ってでも卵子が欲しい人はこの世に大勢いる。需要があるなかで、元手なしで卵子を得ることができるのである。当然、卵子を売ろうと考える人が出てくるだろう。こうした事態を考慮せずに、安易に助成金を給付して果たして本当によいのだろうか。

今や比較的簡便にできるようになった卵子凍結は、十数年前まで大変難しい技術であった。出生前診断・着床前診断でも、以前は分からなかったことが高精度で調べられるようになっている。新たな診断・治療技術が次々と登場するなかで、それを健全な形で社会に根付かせるためにはどうすればよいのか――。こうしたことを、これまでは学会が主体となり考え、ルールを定めてきた。しかし、今一度考えなければならないのが「そもそも学会がルールを決める主体でよいのか」ということだ。

我々産婦人科医は、患者に検査や治療、情報を提供する“プレーヤー”である。学会が学会員に対してルールを作り患者が受ける医療内容を規制することは、例えるなら相撲取りがふんどしを付けたまま行司として軍配を上げているようなものだ。そんな競技を誰が信用するだろうか。これでは健全な医療は提供できない。

イギリスでは、政府や学会から独立した公的機関であるHFEA(Human Fertilisation and Embryology Authority:ヒト受精・胚研究認可庁)が、生殖補助医療やヒト胚研究に関する議論や監督行政、許認可などを行っている。ドイツやフランス、アメリカでも国の公認を得た機関が主体となり、性や生殖に関する課題に取り組んでいる。

日本には諸外国にあるような第三者機関が存在しない。本来ならば、客観的立場にある第三者機関が主体となり、我々専門家だけでなくあらゆる世代・性別の一般市民を巻き込んだ平場の議論をすることが重要だ。そして、このなかで学会がやるべきことは「政策提言」だと考えている。我々は産婦人科医療に関するさまざまなデータベースを有し、諸外国の事情やモデルケースも把握している。こうした情報に基づいた見解を国や社会に示すことまでが学会の役割であり、最終的な決定権は持つべきではない。

働き方改革が突きつける課題

産婦人科領域での大きな課題の1つは、2024年度から本格的に始動する医師の働き方改革だ。時間外・休日労働時間の上限規制、宿日直の回数制限などにより、周産期医療体制に多大な影響が生じる可能性がある。安全な分娩のためには、24時間365日体制で院内に医師が常駐していることが必須だと考える。理想を言うなら、緊急帝王切開に備えて2人常駐しているのが望ましい。しかし、働き方改革の諸条件下で医師常駐の体制を維持するには、1施設あたり少なくとも8人の産婦人科医を確保する必要がある。日本にある約2,000もの分娩施設で医師常駐の体制を作るのに必要な産婦人科医は、単純計算で1万6,000人。日本産科婦人科学会の会員、約1万7,000人(2023年時点)全員がフル稼働で当直してやっと実現可能となるが、無論そのようなことは不可能である。

ちなみに、年間分娩件数が日本とほぼ同程度のイギリスには、日本の半数ほどしか産婦人科専門医がいない。それでも周産期医療体制が維持できているのは、分娩施設が全国に110か所(日本の約20分の1)しかないことが理由だ。その1施設が年間約8,000件の分娩を実施する一方で、妊婦健診と分娩を行う施設は別々だ。また、現皇太子妃の出産時に日本との違いが話題になったように、ほとんどの人が産後1~2日で退院するため、分娩施設が少なくても支障が出ないのである。

日本では「身近に分娩施設があるのが当たり前」という意識が世代を超えて根付いているため、今すぐにイギリスのような体制に変えることは難しいだろう。しかしこのままでは、日本の周産期医療体制は崩壊してしまう。出生率が年々低下していることも考えると、周産期医療体制を抜本的に見直すべき時期に突入しているのではないだろうか。今の体制を変えることができなければ、落としどころを探っていくための議論を続けていくしかない。

同時に考えなければならないのは子育ての問題だ。分娩については、産後1~2日で何も起こらなければその後トラブルが起こることはほとんどないが、子育てには長い年月を要する。子育て世代へのサポートやケアの体制をどうするか、学会も関与しながら国全体で考えていく必要があるだろう。

若手医師に伝えたい産婦人科の魅力

産婦人科には主に4つの領域がある。妊娠・分娩を扱う「周産期」、不妊治療などを担う「生殖・内分泌」、婦人科がんを扱う「婦人科腫瘍」、予防医学の観点から女性特有の疾患を取り扱う「女性のヘルスケア」だ。

ほかの診療科にはない産婦人科の大きな魅力は、なんと言っても「生命の誕生」に直接携われることだ。また、婦人科がんは若い患者が多く、しっかり治療すれば予後がよいものが多いのもやりがいの1つだろう。キャリアの面では、ホルモン製剤を使った内科領域から、がんの切除や帝王切開などの外科領域まで非常に幅広い知識や技術を習得できる。さらに婦人科がんには遺伝子異常によって引き起こされるものが多いため、分子遺伝学的な診断・治療を担うことも多い。これら全てを一通り習得したうえで、最終的に自分の得意分野を極めてほしいと思う。

私自身も産婦人科医になってあらゆる領域を経験してきた。外科手術では自身の頑張りと比例して、年々手術手技が上達していくことは大きな喜びであった。1分以内に赤ちゃんを出さなければならないような超緊急帝王切開では、母と子2人の命を同時に救うような経験も度々してきた。研究面においては、「分娩はなぜ起こるのか」について興味を持ち、今は企業や工学部と協力しながら、子宮収縮の電気生理学的情報から偽陣痛や早産、常位胎盤早期剥離を鑑別するデバイスの開発も行っている。このように幅広く、また奥深い経験ができるのは産婦人科医の醍醐味だ。

海外の産科医療現場を「自分の目で」見る機会を

学会の最大の役割は、高いレベルの研究によって新しい医療を開拓し、それを日本中に還元することであるが、もう1つ重要な役割が「若手医師の教育」だ。当学会では、ドイツや韓国、台湾、シンガポール、イギリス、EBCOG(欧州産婦人科連合学会)と協定を結んで国際交流を盛んに行い、若手医師が各学会で発表し、さらに海外の産婦人科医療に直に触れることができる機会を提供している。先ほどイギリスの事例を紹介したが、本当にその国の事情を理解するには、実際に自分の目で見る必要がある。1日に何十人も生まれる施設など、実際に見てみないとイメージできないだろう。ぜひ若いうちにさまざまな産婦人科医療の現場に触れてほしい。

また、当学会では若手医師が産婦人科医療の未来問題に取り組む「若手委員会」を2015年に設置。自主的に集まった20人程度の若手医師が、医学部生や臨床研修医を対象としたサマースクールの企画・運営、教育動画コンテンツの作成、リクルートイベントの開催などを実施している。自分よりもさらに若い人たちに教えることで、自らも勉強するよい機会になっているようだ。

4年間を振り返って

私が理事長に就任してから今日に至るまでの4年間は、まさに新型コロナウイルス感染症との闘いの日々だった。流行初期、特に妊娠中の女性は未知のウイルスに非常に強い不安を抱いていたことから、タイムリーな情報発信に努めてきた。また周産期医療体制を維持するために、分娩施設の徹底した感染防御策も講じなければならず、医療機関や国民に対し、パートナーの立ち合い分娩や里帰り出産を控えてほしいという声明もなるべく早い段階で発表した。妊産婦には厳しい状況を強いてしまったことは心苦しく感じているが、妊産婦死亡などの直接的な被害がほぼなかったことには安堵している。

今後の課題の1つは、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(Sexual Reproductive Health and Rights:SRHR)の浸透だ。「性と生殖に関する健康と権利」という意味であり、具体的には自身のセクシュアリティ(性)や子どもをいつどれだけ望むのか(生殖)について、自分で決めることのできる権利のことである。

SRHRは近年世界的なテーマとなっているが、日本では一般市民のみならず、産婦人科医にもまだまだ普及していない。しかし、日本でもSRHRに関する問題点が多数存在することから、当学会ではリプロダクティブ・ヘルス普及推進委員会を立ち上げ、さまざまな課題に取り組んでいるところである。女性の幸せは男性の幸せに、さらには社会全体の幸せにつながる。こうした連鎖を作っていくのが、我々学会の使命である。この思いは、2023年6月に就任した第6代目理事長の加藤 聖子氏にしっかりと受け継ぎたい。

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