2023年09月07日掲載
医師・歯科医師限定

補体学会・井上会長に聞く研究の現状―希少疾患の解明・治療の可能性広がるも検査体制、研究者減が課題 啓発・教育に注力し裾野拡大目指す

2023年09月07日掲載
医師・歯科医師限定

和歌山県立医科大学分子遺伝学講座 教授

井上 徳光先生

患者数が少ない希少疾患に、免疫系を構成するタンパク質「補体」が発症に関与するものがある。近年、補体系を標的とした薬が開発されたことにより、治療の可能性が広がりつつある。その一方で、日本では実施できる補体検査の種類が極端に少なく、研究者も減少傾向にあるという。日本補体学会は、そうした状況に風穴を開けることを目指して2014年に「任意団体の研究会」から「一般社団法人の学会」に移行した。同学会の井上 徳光会長(和歌山県立医科大学分子遺伝学講座教授)に、学会が果たすべき役割や目指すものなどについて聞いた。

「検査ができない」現状の打破を目指す

日本補体学会は2014年に一般社団法人に移行したが歴史は古く、前身の「補体研究会」のルーツは1964年にさかのぼる。任意団体の研究会から一般社団法人の学会に移行した大きな目的は、補体検査ができない日本の状況を変えなければならないという思いからだ。

補体は30種類以上の血清、細胞膜タンパク質から構成され、侵入した微生物などの異物によって活性化され、複雑な反応系を経てその排除にはたらく。ところが日本の臨床検査会社では補体関連検査としてC3、C4、CH50、C1インヒビターの4種類しか測定できない。これに対して海外では世界標準の検査が20種類、それ以外も加えると30種類以上の補体検査を行うことができる。かつては日本でもC1からC9までの濃度測定はできていたのだが、現在ではそのほとんどができなくなってしまった。

この領域の問題点の1つは、専門家が極めて少ないことだ。実は、日本にはかつて、著名な研究成果を成し遂げた補体研究者が多数いた。たとえば、補体の3種類の活性化経路のうちの1つ「レクチン経路」の発見に貢献したのは福島県立大学教授を務めた藤田禎三氏、PNH(発作性夜間ヘモグロビン尿症)の原因遺伝子を発見したのは私の先生でもあり大阪大学微生物病研究所教授を務めた木下タロウ氏――といった先人が、補体の基礎的な研究や補体がかかわる疾患の研究分野で大きな役割を果たした。ところが、現在は基礎研究者も減って研究が徐々に衰退し、補体について理解できる人が少なくなっている。

研究者の減少については補体に限らず、日本の医学教育システムにも課題があるのではないかと思われる。医学部を卒業するとまず研修医として臨床に携わり、専門医資格を取得する。大学院や研究機関などに入るのはそのあとで、研究の道に入っていくのがどんどん遅くなっている。

もう1つ、先ほど述べた検査ができないことも問題で、ある症状が「補体がかかわっている疾患」か、調べるすべが、極めて限られている。補体が原因で起こる疾患の症状は多様で受診先も多科にわたる。ところが、検査ができないと同時に大学時代を含めてきちんと教育ができていないために、長い間、「補体を調べても治療薬もない」という印象を医療従事者が抱いている。

今後も増える治療薬、対象疾患増も

PNHの治療薬として、抗C5モノクローナル抗体(エクリズマブ)が2010年に日本で承認された。PNHは血球表面上の補体制御タンパク質「CD59」や「CD55」が細胞膜表面から失われることにより赤血球の発作的な血管内溶血が起こる疾患である。

エクリズマブは、補体の異常な活性化が原因で引き起こされるaHUS(非典型溶血性尿毒症症候群)という遺伝性の疾患にも2013年に適応が拡大されるなど、現在対象疾患は4つに増えている。

また、HAE(遺伝性血管性浮腫)という疾患は、2015年ごろには日本に数十例程度しか患者がいないと言われていた。世界では5万人に1人が発症し人種間で差がないとされており、日本の患者数はもっと多いが正しく診断されていないと考えられていた。1990年に最初の治療薬(ヒト血漿由来濃縮C1-INH製剤)が承認され、現在は予防薬も含め、5種類まで増えた。最近は、国内の患者も適切に診断されるようになってきており、薬が開発されると診断される患者数も増えてくる。

PNHの国内の患者数は、100万人に3.6人、aHUSは、欧米のデータでは、100万人に成人2~3人、小児7人程度の希少疾患だ。しかし、そうした異なる希少疾患に同じ治療薬が承認されてきている。エクリズマブとは異なる補体成分、違う疾病をターゲットとする薬が、すでに他に3種類承認されており、第3相臨床試験まで進んだものを考慮すれば、今後2、3年でさらに増えてくる可能性は高い。薬の種類が増えてくると、対象疾患も増えてくると考えられ、遺伝性、もしくは後天性に自己抗体ができる「補体関連疾患」に対して、今後これらの薬の適応が拡大していく可能性がある。それぞれの疾患は1000例あるいはもっと患者数が少ないが、血液疾患、腎臓疾患、神経疾患、リウマチ膠原病疾患――と多科にわたるのが特徴でもある。

どこでも検査・臨床応用可能な体制を

現在「古典経路」「レクチン経路」「第2経路」「終末経路」のそれぞれに対する治療薬が出そろおうとしている。つまり、そうした薬によって疾患を引き起こす経路はどれも制御することができる。その先に必要なのは「どの経路のどの点を制御したらその疾患がよくなるか」を解明していくことだ。

どの経路が異常なのかを調べる診断薬や検査方法が、いま世界中で研究されているがまだまだ十分ではない。

aHUSに代表されるように、緊急で治療が必要な症状が出現する疾患もあるので、ベッドサイドで迅速に検査ができることも必要だ。補体検査で「この異常があれば、この抗補体薬が使える」という形になることが望ましい。そのためには診療科ごとの縦割りになっている中、あらゆる医療機関・診療科で検査ができ、臨床応用ができるような体制づくりを日本補体学会がサポートしていく必要があると考えている。

新たな疾患概念を確立できる可能性も

PNHで始まった抗補体薬による治療は、劇的な効果がみられる。PNHは、起床時にヘモグロビン尿が大量に出ることで貧血になる疾患で、多くの患者は、造血不全や血栓症で亡くなる。しかし、薬を使い始めると、症状が一気に改善し、血栓症も予防できる。同じ薬を使うことができるaHUSは腎臓などの臓器が傷害され、命にもかかわる疾患だったが、抗補体薬が劇的な改善効果をもたらすことが知られている。

aHUSは2000年以降に補体がかかわると判明した新しい病気だ。また、現在注目されているC3腎症はもともとMPGN(膜性増殖性糸球体腎炎)の中の一部と考えられていたが、2010年ごろにそこから分離する考えが提唱され、新たな疾患概念ができた。

もし、補体にかかわる疾患を新たに見つけられたら、同じように劇的な治療効果が得られる可能性がある。今までひとまとまりとして捉えられていた疾患の中から分離して、新たな疾患概念を確立させられるという意味では大変魅力がある領域だ。

そうした発見のためには、まず補体をよく知り、“観察する目”を養う必要がある。若手にはぜひ日本補体学会に参加して補体疾患がいかなるものかを理解してもらいたい。

若手の医師、研究者に対しては、患者を診る時に、補体が原因の疾患、抗補体薬の分子メカニズムを常に考慮するようになってほしい。分子病態が分からなければ、狙いを定めて行う標的治療が適切に使えないからだ。

たとえば、PNHのうち、1人の日本人患者の解析から、新しい遺伝子異常によるタイプが最近発見された。同じPNHという枠組みの中で一部分の特殊な患者から新たな分子メカニズムが見つかることもある。若手の医師には、将来基礎医学研究者にならなくてもいいので、早い段階で基礎の医学研究を体験してほしい。そこで、医学の研究をするとはどういうことで、それは分子メカニズムを見つけるためにやっているのだということを理解してもらいたい。今後も、そのための啓発や教育活動をしていきたいと考えている。

多くの若手の理解深化が重要

臨床の医師は、補体について詳しく知らないであろう。補体の活性化を制御する抗補体薬を投与すると免疫の一部を抑制することになるので感染症にかかりやすくなり、場合によっては死亡することもある。補体を知っていればそれは常識なのだが、先ほど述べたように少数の患者が多科にわたって存在しているので、全体に周知するのが難しい。

補体は「C」から始まり数字が付くのが主要なタンパク質で、それ以外の調節因子などを含めると30種以上のタンパク質があり非常に複雑だ。補体学会としてはさまざまな学会と連携し、それらの機能が簡単に理解できるような話をいろいろな場所で提供するというのが目標の1つでもある。

また、多くの若手に学会に入ってもらい、補体についての理解を深めてもらうことが重要なので、今年度から研修医や学生は学術集会の参加費を無料にし、ウェブ配信でも見られるようにしたりして、できるだけ多くの人に補体に関する最新の話題などを聞いてもらえるようにしている。

1人の患者との出会いで研究の道へ

私自身は小児科に入局して大学院に進んだ。その時、PNHと診断されて10年以上たっていた患者が、実はPNHではなくCD59という補体の先天的な欠損症だと分かった。その患者との出会いがきっかけとなり、大阪大学微生物病研究所で先述の木下タロウ氏の下で大学院生時代を過ごすことになった。私が大阪大学の研究室に在籍している間に、PNHの原因遺伝子「PIGA」が同定された。その分子病態の解明が、私がその後PNH研究をする原動力になった。その過程で、臨床医から研究の分野に進み、「患者を診る」力にもなっていると思っている。今は直接患者を診ていないが、コンサルテーションされたときに臨床症状が分かり、分子メカニズムに対して助言もできる力を身につけられたことは、医療者・研究者としての誇りになっている。

研究をしていると、「臨床医に戻る時期」が何度も訪れる。だが、そのたびに新しい発見があり、研究の道を突き進んできた。2019年に和歌山県立医科大学に移ったのは、後進にその経験を伝えていかなければいけないと一念発起したからだ。今後、補体学会会長としても大学教員としても、後進の育成と知識の提供に力を注いでいきたい。

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