2022年02月21日掲載
医師・歯科医師限定

【第59回日本癌治療学会レポート】中咽頭がんにおけるHPV感染(4000字)

2022年02月21日掲載
医師・歯科医師限定

東京大学医学部附属病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科

齊藤 祐毅先生

近年、日本を含む世界各国でHPV関連中咽頭がんが増加している。こうした現状を把握し、予防策を講じていくためには何が大切なのであろうか。

第59回日本癌治療学会学術集会(2021年10月21日~23日)にて行われた会長企画シンポジウムの中で、齊藤 祐毅氏(東京大学医学部附属病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科)は、中咽頭がんにおけるHPV感染について解説した。

HPV関連中咽頭がんの現状

疫学

中咽頭がんとは、喉の奥に生じる悪性腫瘍である。頭頸部がんは年間45,000人程度が罹患しており、中咽頭がんはそのうち6,000人程度と考えられている。痛みや嚥下困難などが生じない場合、診断には耳鼻咽喉科の受診が必要となる。

HPV関連中咽頭がんは、21世紀になってから認識された疾患であり、2000年頃からアメリカでの報告が相次いだ。40~60歳代の働き盛りに多い疾患で、飲酒・喫煙量が少ない患者の発症も珍しくない。そして、原発巣が小さいうちからリンパ節転移をきたしやすく、頸部リンパ節の腫脹で受診する患者も多い。従来の頭頸部がんと比べ、放射線/化学療法が著効し、予後は比較的良好である。欧米では、白人をはじめ高所得者層に多くみられることから、HPV関連中咽頭がんは非常に注目されることとなった。

口腔HPV感染と中咽頭がんの関連

口腔HPV感染と中咽頭がんは関連があると考えられているが、舌がんをはじめとした口腔がんとHPV感染は、それほど関連がない。HPVが中咽頭がんのトリガーとなる理由は明らかではないが、扁桃陰窩の粘膜破綻・免疫寛容といった解剖学的・生理的要因が発がんに関与していると推測されている。

なお、耳鼻咽喉科を受診しても観察しづらい部位に腫瘍が生じるため、現状ではHPV関連中咽頭がんを早期にスクリーニングすることは困難である。

HPV関連中咽頭がんの感染様式については、近年報告が相次いでいる。アメリカにおける2021年の報告では、HPV関連中咽頭がん163例と正常345例の性行動の比較が行われており、発症リスク因子としては下記が報告されている。

・オーラルセックスおよびその若年経験

・性行動のパートナー数

・婚外パートナー

・10歳以上年上の者との性経験

つまり、性行動のリスクが非常に高い群において、HPV関連中咽頭がんが多いとされている。

出典:Drake VE,et al.Cancer 2021;127:1029-1038.
齊藤氏講演資料(提供:齊藤氏)

欧米における罹患数の現状

世界におけるHPV関連がんの現状について、2020年に報告された論文によると全世界へ遍く広がっていることが分かる。HPV関連中咽頭がんは、子宮頸がんと比較すると患者数は10分の1程度であるが、日本を含む高所得国に高頻度で発生しており、今後さらに問題となっていく可能性があるだろう。

米国ではすでに、HPV関連中咽頭がんの増加が予測されている。白人男性において1930年生まれ以降で発症リスクが増加しており、今後10年以上にわたって特に60~70歳代の発がん増加が見込まれると報告されている。

また、中咽頭がんは他がん腫と比較しても増加が著しいとする報告もある。特に白人男性55~69歳において、2045年には肺がん、前立腺がんを上回る罹患数になると予測されている。

日本における罹患数の現状

では、日本の現状はどうなのだろうか。2017年のがん登録および2018年の頭頸部がん全国登録の推計値では、子宮頸がんは11,000人であるのに対し、HPV関連中咽頭がんは3,000人弱と推測されている。HPV関連中咽頭がんは、実臨床では代理マーカーであるp16陽性がんとして判断されている。東京大学医学部附属病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科では、中咽頭がんにおいてp16陽性腫瘍の割合が2000年頃は中咽頭がんの3割弱であったが、近年では全体の6~7割程度にまで上昇している。

また、2021年に報告されたHPV関連がんの発生予測数に関する論文では、レジストリデータが得られた43か国のうち、ほとんどの国では減少傾向にあると予測されているが、ウガンダ、コスタリカ、イギリス、日本、イタリアは増加が予測されている。アジアにおいても日本は突出して増加傾向が予測されており、世界的にみても悲観的な状況である。

出典:Wu J,et al.Cancer.2021;127(17):3172-3182.
齊藤氏講演資料(提供:齊藤氏)

HPV関連中咽頭がんの予防

次にHPV関連中咽頭がんの予防について解説する。予防は以下の3つに大別される。

  • 一次予防:ワクチンによる口腔HPV感染の予防
  • 二次予防:高リスク群の早期発見・早期治療
  • 三次予防:治療後の再発防止とQOL向上

一次予防 ――ワクチンによる口腔HPV感染の予防

口腔うがい液からのHPV検出を感染と定義した場合、高リスクHPV感染率は6.6%であり、HPV感染の50%は1.4年で排除されるが、7年経過しても5.5%でHPVが検出されるというアメリカの報告がある。HPV持続感染のリスク因子としては、男性、HIV感染、高齢(60~79歳)が挙げられている。また、アメリカからの別の報告では、口腔HPV感染は20歳代と50歳代に多く、咽頭へのHPV感染リスクは、生涯性行為経験の増加に伴って増えることが分かっている。

一方で、日本における口腔HPV感染率はどうなのであろうか。大阪大学の研究では、大阪および京都の医療従事者の咽頭うがい液からのHPV検出率が、ハイリスクHPVで4.4%、HPV16で1.4%だったと報告されている。そして感染率は女性よりも男性で高く、30~40歳代に多かった。リスク因子としては、性行動の活動性が高い層、生涯のオーラルセックス/性交渉人数が6人以上などが報告されている。

こうした口腔HPV感染の予防には、ワクチン接種が有効と報告されている。2021年のアメリカの研究では、口腔HPV感染率がHPVワクチン非接種群で7.2%であるのに対し、ワクチン接種群では4.2%へ減少したと報告されている。全体を通じて、男性において口腔HPV感染率が高く、特に4価ワクチンでカバーされるHPVサブタイプでは感染率の男女比が顕著に高かった。著者らはこの要因としてワクチン接種前に曝露されていたためと考察しており、特に男性の場合には性生活開始前のワクチン接種が望ましいと論じている。

出典:Berenson AB,et al.Clin Infect Dis.2021 Jul 4;ciab605.
齊藤氏講演資料(提供:齊藤氏)

このように、HPVワクチン接種が子宮頸部だけでなく、口腔HPV感染の予防につながることが次第に明らかになってきている。そのため、HPV関連中咽頭がんの発症を予防するためには、男児も含めたHPVワクチン接種率向上が望ましい。なお、日本では肛門がん、陰茎がんの適応追加に伴い、4価HPVワクチンの男性(9歳以上)への適応承認が下りているが、男児に対する積極的勧奨はないのが現状だ。

二次予防 ――リスクが高い群への早期発見・早期治療

二次予防としては、リスクが高い症例に対する早期介入がセオリーである。

アメリカのコホート研究では、エントリーした553例のうち6例が血中HPV陽性、41例が咽頭ぬぐい液HPV陽性となり、経過観察の結果、1例に中咽頭がんが、2例にHPV関連肛門病変の指摘があった。また、オーストラリアのコホート研究では、エントリーした665例のうち12例が口腔内HPV陽性であり、このうち9例をフォローアップして30か月以上HPV陽性持続した3例を精査した結果、1例がHPV関連中咽頭がん、1例が粘膜異形成であったと報告されている。

ただし、咽頭うがい液でHPVを検出するのは容易ではなく、現在も基礎研究が進んでいる最中である。自身も留学先のUCSDでHPV感染を検出する手法について研究を行い、中咽頭がんのHPVゲノムデータからPCRのウイルス検出部位を最適化することに成功した。

しかし、HPV関連中咽頭がんの前がん病変は明らかでなく、咽頭からのHPVスクリーニングが予防に寄与するかは現時点では不明である。

三次予防 ――治療後の再発防止とQOL向上

三次予防においては、患者のQOLをいかに保ちながら治療していくかが重要である。日本頭頸部癌学会は、HPV関連中咽頭がんのQOLを考慮した最適治療の探索を行うための観察研究(HNC-HPV)を実施した。研究には日本の約10%弱と多くの症例(688例)が集まり、日本におけるHPV関連中咽頭がんの臨床像を明らかにするものとなった。

HPV関連中咽頭がんは、患者の7~8割がステージ1または2に属する。それらの5年生存率は80%以上であり、予後も比較的良好である。働き盛り世代での罹患が多いHPV関連中咽頭がんでは、侵襲を下げた治療開発が今後求められる。なお、手術と化学放射線療法の治療成績はほぼ同等であり、いずれの治療法においてもQOLの維持を目指した治療が必要になるだろう。

HNC-HPV研究では、T1-2N0症例には化学放射線療法ではなく単独放射線療法でも十分な制御率があること、ステージI-II症例にはシスプラチンの最大投与量300mg/m2ではなく、シスプラチン≧160mg/m2+放射線療法でも予後は良好となることが推測されている。

出典:Saito Y,et al.Cancer.2020;126:4177-4187.
齊藤氏講演資料(提供:齊藤氏)

講演のまとめ

  • HPV関連中咽頭がんは21世紀に入ってから認識された
  • 予後は良好だが、近年増加傾向にある
  • 適切な治療法の策定は現在進行中である
  • 欧米と同じく、日本においても今後急増リスクがある
  • 二次予防が困難な疾患であることから、HPVワクチンによる一次予防が望ましい

会員登録をすると、
記事全文が読めるページに遷移できます。

会員登録して全文を読む

医師について

新着記事