2022年02月21日掲載
医師・歯科医師限定

【第59回日本癌治療学会レポート】粘膜免疫を介した、子宮頸がん治療ワクチンの開発(2300字)

2022年02月21日掲載
医師・歯科医師限定

日本大学 医学部産婦人科学系産婦人科学分野 主任教授

川名 敬先生

子宮頸がんの主な原因はヒトパピローマウイルス(HPV)である。HPVに起因した病変に対する治療用ワクチンのニーズが高まっているが、現在のHPVワクチンは感染予防のためのものであり、治療効果はない。そこで、国内外では治療用ワクチンの開発研究が進められている。

川名 敬氏(日本大学医学部産婦人科学系 産婦人科学分野 主任教授)は、第59回日本癌治療学会学術集会(2021年10月21~23日)の会長企画シンポジウムにおいて「子宮頸癌の発癌機序とその制御~癌のリスク低減を目的とした新薬開発の展望」と題し、講演を行った。

HPV関連腫瘍と免疫

HPV関連腫瘍は宿主免疫により自然に治癒することが非常に多い。国内で行われたコホート研究では、CIN(子宮頸部上皮内腫瘍)1の約70%、CIN2の約60%は自然軽快し、CIN3でも約20%は軽快すると報告されている。実際に臨床研究の中で、細胞診・組織診ともに正常となり、薬が奏効したと思っていた症例が、実はプラセボ群だったこともある。

HPV研究の第一人者であるDoobar氏の論文では、HPVに感染すると免疫のはたらきによってimmune  regression(免疫制御)が起こり、潜伏感染になるといわれている。この場合、細胞診やHPVタイピング検査は陰性となるため、陰性だから感染してないというわけではない。HPVに感染していても、多くの場合は免疫によって病変は治癒に向かうため、ほとんどの女性は子宮頸がんにならないのである。

CINに対する治療ワクチンの臨床研究

HPV関連腫瘍の免疫に大きく関わるのがE7またはE2だ。いずれもヒトに対する免疫原性が非常に強いタンパク質で、CIN1ではE2が、CIN2~3、浸潤がんではE7が高発現している。このことから、海外では1990年代から、E7をターゲットとしたHPV治療ワクチンの臨床試験(第I/II相)が行われてきた。最近では、アメリカでInovio社の第III相試験が行われたが、結果は統計学的有意差を示せずネガティブデータとなっている。

また、いずれの臨床試験も筋肉注射または皮下注射でワクチン抗原を投与し、末梢血にE7特異的細胞性免疫を誘導するというものであるが、それらの免疫誘導と臨床的な有効性との相関が認められておらず、いまだに治療ワクチンは存在していない。

粘膜免疫を介した経口ワクチン――E7発現乳酸菌製剤

そこで、これまでとは思考を変え、粘膜免疫を介した経口ワクチンの開発を進めることにした。

CINもしくはごく初期の子宮頸がんは粘膜病変であり、GALT(Gut-Associated Lymphoid Tissue)と呼ばれる腸管粘膜のパイエル板や腸間膜リンパ節が誘導組織となる。開発中の経口ワクチンは、これらの組織に免疫を誘導するものだ。つまり、子宮頸部でHPVに対する免疫を誘導できなかった患者に対して、経口ワクチンを投与することによって、別ルートの腸管(免疫の“司令塔“と呼ばれている)でHPVに対する免疫を誘導させるという作戦だ。

薬理効果のメカニズム

我々は乳酸菌にE7を導入したE7発現乳酸菌を製剤化した。それを経口投与すると、パイエル板や腸間膜リンパ節で教育を受けた粘膜リンパ球(E7特異的TH1型リンパ球)が末梢循環を流れ、子宮頸部粘膜などの粘膜内に選択的に配備される(homingという)。そこでE7特異的TH1型リンパ球は、E7が発現している腫瘍細胞と出合うことで活性化し、TH1反応が起こることでインターフェロンγが発現して、最終的にはNK活性などによって病変を攻撃するというメカニズムだ。

川名氏講演資料(提供:川名氏)

本製剤の有効性を検証した第I/II相試験について紹介する。HPV16型陽性でCIN3の患者に対し、1週、2週、4週、8週と間隔を空けて経口投与したところ、子宮頸部リンパ球に、E7に特異的なインターフェロンγを産生する細胞が時間とともに増える様子が確認された。このとき、末梢血リンパ球からも検出されるが数値は非常に低く、子宮頸部で顕著な累積を認めた。実際、子宮頸部リンパ球において、E7特異的TH1型細胞が多い患者のほうが、病変が退縮しやすいという統計学的有意差も出ている。

新たなE7発現乳酸菌製剤「IGMKK16E7」の医師主導治験

現在は、東京農業大学の五十君氏と共同で作製した、よりE7の発現が高いE7発現乳酸菌製剤「IGMKK16E7」の第I/II相の医師主導治験(MILACLE試験)を実施している。プラセボと比較する二重盲検ランダム化試験の多施設共同研究で、対象はHPV16型陽性のCIN2〜3患者だ。IGMKK16E7によってCIN2以下に退縮すれば、円錐切除手術を回避することができ、患者に大きな恩恵をもたらせるようになるだろう。

粘膜を介した経口ワクチンは、子宮頸部のみならず、全身の粘膜免疫システムにはたらきかけ、作用する。本試験でIGMKK16E7の有効性が証明されれば、子宮頸がんだけでなく中咽頭がん、肛門がん、腟がんなど、多くのHPV関連腫瘍の治療薬になり得るかもしれない。

講演のまとめ

・HPVの関連腫瘍は宿主免疫応答によって制御し得るため、これを利用してHPV関連がんの新たな治療戦略が期待できる

・HPV16型陽性患者に対するE7を標的にした治療薬(E7発現乳酸菌製剤)の経口投与は、粘膜病変の制御に有効であり、CIN2〜3に対する世界初の治療薬といえる

・CINのみならず、粘膜に発生するHPV関連がん(中咽頭がん、肛門がん、腟がんなど)の上皮内腫瘍も本製剤の治療ターゲットになり得る

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